ラベル の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2023年12月15日金曜日

砂の夏   佐藤文香



 


砂の夏       佐藤文香


かつて

麻の衣服の袖口に

小さな虻がとまった

人の帰った前庭で

落葉の記憶と照らし合わせ


砂の夏、

硬い言語の紙の束は

めくるだけで 朽ちていく


馬が帰る。

口実には湯冷ましを

笹の葉にしらふの劣情を。

風へ身を冷やしに参る

鋼の夏、

たんと嘲りがいのある

指環の夏。


夏の砂、

かつて えらく大きな

からくりが 人工島の

呼び水として栄えた、栄えた

球が来る くりかえし

弾かれる球 夏のこと


風でめくれるぎざぎざは砂

渓流を 無実の麗人が遡り

夏に消えた、

消えた、さわやかな仏たち


火が

馬の代わりに走る 砂の夏

(匙加減を間違うなよ、

 非力なのは織り込み済みだろうが

 糸車に獣を匂わせるのか?

 着飾って来られるなら小遣いは弾んでやる)


笹のひとむら

あちらの 背の白い馬は

もう声を出さないそうだ

くりかえし 弾が、くる

弾のこだわり 朱の季節


届出にはついていこう

下心を麻袋に入れて

ドンツキに火を放ったら

砂場でのアリバイを

夏の歌謡曲に焚き付けて。


夏が終わる、

浜をうしなう 火を送る

重なり合い 濃くなった

内海の怒りを 諾いうる


かつての砂の夏。

救いようのない

狭い木陰のはなむぐり。




2023年7月16日日曜日

杏と恵/桂と香   佐藤文香



クリックすると大きくなります



杏と恵

蓄光顔料だ。
一昨日の学園祭、三年D組の標本展示に見入っていた杏はティンカーベルのように透け、恵は水出檸檬茶を飲みすぎている。そのうち恵の骸骨の蓄光顔料はみどりの力を発揮し始めた。これはいい。ふたりは教壇に飛び乗り、ピンクレディを歌った。

二人の学校の近くにはちいさな飛行機とヘリコプターがとなりあう倉庫があり、大型バスの居眠り会場があり。お嬢、骨が鳴るねぇ、と背の高い老人が来て言う。築地市場まで延びたモノレールは、恵の親戚の財閥のおかげだった。杏はモノレールの上を走るのが好きで、走るときにはかならず報告をする。富良野にある実家からは、やさしいメロンが送られてくる。そのメロンも蓄えているゆたかな光があると、杏は恵に手紙を書いた。杏は手紙よりはやく走ってきた。

明後日の杏と恵は砂漠の都市のカジノにいて、そこでしか使えないコインをじわじわと無駄にしていく。杏は透明なコインを持って帰ろうと言う。換金処ではたまに、未来のコインにとりかえてくれるからだ。恵は珍しい羽虫を捕まえる、そいつはそこで卵を産み、産んだ途端に砂金になる。未来のコインも持ち帰れば砂になるし、砂金から顔料はつくれないことは、杏も恵もわかっている。

コチュジャン色の月をがらんと下ろして、モノレールの開発局に運び込む。そのころには恵の骸骨も光を切らしているので、操縦席からのアナウンスを安らかに聴くことができる。身の回りのほとんどは、砂か砂金になっている。典型的な磁石を持参している恵が、砂と砂金を分けてゆく作業を行う。

非常口付近のお座席では、お茶の一席が設けられている。ときの将軍もいらしていて、しかし報道陣は翼の上で待たされている。杏はうすばかげろうの過去を反芻し、そっとお茶をひとくち、それから翼に出ると、すべてのカメラが杏を取り巻く。一方恵は将軍に砂金を献上し、将軍はそれを犬に与える。犬はよろこび、少し短くなる。

三月の杏と五月の恵に、特筆すべきことはなかった。家で漉いた手紙を交換し、配給によって得た一人一本のナイススティックを大切にした。杏はモノレールで築地市場に行き、恵と焼鳥を食べに行く。熟練の店主は炭火の隙間から、雷鳥の生まれた雪原を見せてくれた。




桂と香

そのように翔るには
なにをいただけばよいのですか
香は、桂に おうかがいする
これ、ですね
桂は ヒヒンと鼻を鳴らし
白濁した液体を 差し出した
蒙古のものです、
はっはっは 
わたくしの祖先があなたがたの 
教科書をおさわがせして。

香は 頭を掻いて
いえ、こちらにも琴なら、と
透明した液体を 差し出す
直情型のわれわれは
自動運転しか。
お恥ずかしい限りです、 
香は
白濁し 透明する 

今日の景は いまいち
飛びましょうか、低いところを
雲を超えると、わたくしたちは
おなじになってしまうから
輝いたりしては いけません

白濁し、透明する。


2020年5月15日金曜日

唯子  佐藤文香

唯子が鋏を貸してほしいと言う。自分のがあるじゃない、と私は唯子の手許を指差して言う。そうじゃないのと唯子は言う。茜ちゃんの鋏がいいの、と言う。 私のは持ち手が黒く唯子のはパステルがかったグリーンで、刃渡がいくばくか私のの方が長く、しかもこちらの方が鋭そうで唯子のは安全っぽい、つまり唯子のはお道具箱に入っていそうな学習用の鋏、私のは家にあったものを適当に持ってきた、そういう違いがある。

そういったことをつづめて、私ののが大人だから? と私が言うと、唯子は深く頷いた、その首の動きが不自然なので、いや私が大人なんじゃなくて鋏がね、と付け加えると、唯子は首を振る。茜ちゃんのがいいの、鋏じゃなくてもいいの、なんならお焼きでもいいの、おんなじ野沢菜味でもいいの、茜ちゃんがひとくち齧ったのがよいの、一度でも茜ちゃんのものになったものならなんでもいいの、茜ちゃん、わたし今の茜ちゃんの次の瞬間の茜ちゃんになりたいの、私ねって言い始めた茜ちゃんの、次の言葉、そうね目的語から動詞かしら、それを発するようでありたいの、茜ちゃんの鋏で、茜ちゃんが今まで切っていたそのいろ紙の続きを切りたいの、ごめんね茜ちゃん、そう言って唯子は、私の鋏を手に取り、鋏の持ち手と刃先だけが見えるように両手で持ち、祈るように手を組んだ。

私は、わざと心中を察さない風に唯子を見、なぜか震える唯子の二の腕を人差し指と中指で撫でたあと、そのまま二指を唯子の左頬に当てた。ぐっと近寄って、私が次何言うかわかる? と尋ねながら目を合わせ、指を左耳にずらし、耳の中に入れてから自分の顔を左へ(唯子にとっては右へ)まわり込ませて、右耳に唇を当て、わかる? ともう一度聞いた。わかりません、と悲しげに、しかし熱くなって答える唯子に、私はゆっくり、

 つ、る、む、ら、さ、き、

と囁き、唇を離し、指も離して、何事もなかったかのように、唯子の鋏で、さきほどのいろ紙を切り抜いた。 

唯子は、自分の手汗で金属臭を放ちだした私の鋏を持ち直し、大きく開いて、その刃の一番内側を舐めた。少し唾液が糸を引いたのが見えた。

2020年3月15日日曜日

鼠  佐藤文香

階段を降りてすぐのところに、何駅は何号車が出口に近いかの表示があり、神保町で外に出るには3号車が適切と理解し、自分が今いる場所は2号車が停まるところだと見てわかったので、少し歩いて3号車の停止位置の前に立った。
線路の向こう側の壁に、ホームが狭くなっておりますので広い場所でお待ちください、と貼り紙があるが、そんなに人もいないので壁にもたれて晩ご飯を何にしようかと考えながら待っていた。

線路になにか動きが感じられ、視線を下ろすと鼠の形である。その鼠が消え、すると線路の下を、やはり線路とほぼ同じ色の鼠が通り、向こう側の網で覆われた小さな穴へ通過したそうだが網は潜れず、そうする間にさきほどの鼠も現れた。
二匹並ぶと、網を抜けようとした鼠よりさきに見た鼠の方が一回り大きく、今度は小さい方を大きい方が追いかけるように、線路の下を線路と並行に走って行った。そのさきが明るくなり、半蔵門線の紫が来た。鼠はもちろんひかれたりはしないのだろう。

電車に乗るとひとつ席が空いていたが、大柄な女の大袈裟なスプリングコートが空いた席を存分に陣取っていたから、私は銀の手摺を摑んで鼠のことを感じていた。

2019年11月17日日曜日

星とは何か   佐藤文香

貴女がある星を指差すとして、その人差指の指紋が、指紋と地面とのあいだに存在する空気の一番上の部分を圧していることは、その人差指が、爪の先から星までを埋める空気の斜め下の部分を突いていることよりも、客観的に見てドラマチックでない事象なのだが、私の主観からいわせてもらえば、うん、土竜という生き物として暮らす私の主観ではあるが、私の未だ見ぬ、星と呼ばれる何かのために私が貴女の圧力を得られるということで、圧すといっても触る程度のことではございましょうけれど、私はまず貴女の立つ真下へ土の中を駆け、やさしい靴音に怯えながらも、我が身を覆う土の上部の空気が、貴女の指紋に動かされることを、心待ちにするのであります。という点から、貴女の人差指が爪の先から星までを埋める空気の斜め下の部分を突いていることよりも人差指の指紋が指紋と地面とのあいだに存在する空気の一番上の部分を圧していることの方が大変にドラマチックで愛しい事象なのである。

いつか星を、その星と呼ばれる何かを、貴女、貴女の指紋に掬い取って、星を付けた人差指で、足元のしめった土をほじくって、私を、そうさ土竜の私を、探してくれまいか。私の、冷えて細い桃色の鼻先に、星というものやそれが輝く夜という雰囲気を、一寸与えてくれはしまいか。貴女の指紋が直に私の鼻先を押して、私の豚に似た鼻先に星がプリントされる、さすれば貴女の指先から何かへの、すべての距離の幅だけある空気たちのことを、貴女も私も考えないでよいときがくる。そうして私は、星とは何かを、貴女に教わることになる。そんなことまでも私は、心待ちにしているのであります。

2019年9月16日月曜日

船長と夕暮猪  佐藤文香

 船長、雉がいますと吉岡に言われて振り向くと、そこには雉ではなく夕暮猪がいた。夕暮猪じゃないか、と吉岡に言うと、おかしいなさっきまでは雉だったのにと顎髭をしごく。

 先日研究室の後輩の吉岡とふたりで花見舟に乗ったところ、酔った吉岡が、高原さんは船長で僕は隊員です、と言い出したので、お前それならお前は隊員じゃなくて船員じゃないのかと注意すると、じゃあ僕は一般人でいいので高原さんだけ船長やってくださいと言う。それがなかなかおもしろいと思った私はペンギンダイアリーに書き留めておいた。翌日吉岡が昨日なんか失礼なことしませんでしたか、と聞いてきたから、私は船長で君は一般人だ、とペンギンダイアリーを見せてやった。吉岡は顎髭をしごきながら、じゃあ船長、今日は雉を見に行きましょうと言う。雉は山にいるんだろう? どこに行くつもりだよ、と聞くと、巻末付録に雉の見れる山一覧が載ってました、と私のペンギンダイアリーを開いて見せる。ら抜き言葉が気に入らない私もそれは一度いい季節にどこかへ見に行かねばという気になり、それが花曇の今日であることも悪くないと直感した。吉岡がペンギンダイアリーの他のページを次々読もうとするので奪い返すと、シールページに挟んであった愛するタカオの写真が棒棒鶏の上に舞い落ちた。タカオはバナナを食べているときが一番かわいい。

 雉ではなく夕暮猪がいたのは、もう萎れつつある石蕗の花の黄の奥で、彼は鼻を上下させてその根元の土を嗅いでいた。吉岡は雉を探しに少し登山道を登り、私は夕暮猪と待つことにした。このあたりは雉が多いの、と聞くと、さあ、夕暮猪の方が多いんじゃないですか、と、グレーの体を杉の木に擦り付けながらこたえる。我々の仲間は雉よりかは強いですからね、と言うので、それはそうだろうと言うと、いやしかし、体は雉より強いですが頭は雉より弱いですよ、と言い、「猪」と刺青を入れた額を突き出して見せた。どうせなら夕暮と彫ればよかったのに、と私が言うと、雉にもそう言われました、と残念そうな顔をした。

 そのうち吉岡が山を降りてきて、雉よりすごいものを見つけましたよ、と嬉しそうだ。なんだ、生け捕りかなにかにしたらよかったのに、と私が言うと、いやいや船長じゃあるまいし、と笑いながら、スマートフォンを見せてきた。映っていたのは夕焼で、まさかこれを私に見せたいだとかセンチなことを言うんじゃないだろうな、と拡大しても拡大しても夕焼だった。

2019年6月15日土曜日

紅花油  佐藤文香

 紅花油が溢れて、台所の床を水拭きせねばならなくなり、網戸にすることができる勝手口のドアを見やるとこの時間にしては暗いので、手に取ったぼろ布を一度床に置き、勝手口とは反対のリビングにある窓から外を見た。なるほど雨が来そうではあるが、さきほど洗濯物は取り込んだし、部屋ごとの窓をしめてまわるのはもう少しあとでもよさそうだ、ということを確認して、台所に戻る。油の溢れたところをすでにキッチンペーパーでぬぐってあり、しかしそれでは不十分なので、こうして水拭きにかかるわけだが、水拭きをするためのこのぼろ布は、かつて私のTシャツの袖であったものだ。着られなくなった服を我が家では裁ち鋏で切って使い捨ての雑巾代わりにすることにしていて、それがちょうどかつて私の服だった布なのである。半袖の腕部分だったであるとわかるのは、手のひらより少し大きいその布は筒状で、ほぼ同じものが二枚重ねられてぼろ布置き場にあったからで、それを私は感傷的なまなざしで見ないでもなかった。
 高校生当時着ていたその大きめの半袖のTシャツは、飽きたといって着なくなってからは母が家着にしていたのだった。それが今ようやくぼろ布としてここにあるということは、母は十年以上もそのTシャツを家で着ていたことになる。私の感傷は、だから同時に、母への感傷でもあった。母は靴下を繕って履く。冬の洗顔に湯を用いない。そういうことは見習うべき節約というより、貧しい時代の残り香のように感じられた。

 油をきれいに拭き終わり、いよいよ雲行きが怪しくなったので、窓を閉めにまわろうと、私が着、母が着、ぼろ布として油を吸ったそれを、ゴミ箱へ捨てた。