教科書の口絵ワイドに春の海 浅川芳直
『夜景の奥』
「口絵ワイド」という日本語、久しぶりに聞いた。これはたしかに見たことがある日本語だ。
本のつくりにあまり詳しくないので調べたところ、表紙をめくってどあたま(遊び紙がなければ)にくるのが口絵で、そのワイド版なので折り込んであるのが「口絵ワイド」であっているだろうか。
春の海、なので写真か絵画、だろう。ひかりに満ちた青い海が広がる様子を思った。
折り込んであるとすれば、開くと横長の一面になり、広い海が広がる。
有名な絵画でそういうのはないかと調べたら、萬鐵五郎の縦長の「春の海」が出てきたが、これは思ったのとはだいぶ違う。
ではあれか、やはり写真か?
そうだ、「春の海 教科書」で調べてみよう。
うお、音楽!?
宮城道雄「春の海」
聴いてみたら、これは正月にいつも聴くやつだ。なるほど音楽の教科書に載ってるはずだ。
が、しかしだ。音楽の教科書ではない気がする。
うーむ。
社会の教科書で、漁業の写真とかか……?
いや、それだったら「春の」海であることより魚や船に目がいってしまうだろう。
理科の教科書で、海の生き物か……?
だとしてもやはり、浜や水中などの写真になるはずだ。
句集に立ち戻って考えてみる。
この句は作者の浅川芳直の10歳〜22歳までにあたる時期、1章目の比較的はじめの方にある。「正座をして俳句の本を読むのが好き」な子供だったことが西山睦氏の序文に書かれている。ということは、教科は国語が好き、国語の教科書である可能性が高い。
もしや。
春の海ひねもすのたりのたりかな 与謝蕪村
これではないか…!?
俳句は短いうえに、ふだん小中学生が聞きなれない言葉も多く出てくるため、鑑賞の手助けになるよう、口絵として春の海の春の海らしい写真が収録されていたのではないか。
手元に資料がないが、ネットで個人ブログ等を検索した結果、平成24年度版中学校国語教科書『中学生の国語』(三省堂)「ことばと学びの宇宙」には少なくともこの句が掲載されているようだ。本当か嘘かわからないが、小学校の教科書にひらがなで掲載されていた、と書いている人もいた。10歳から俳句をやっていれば、おのずと教科書の俳句関連ページに目が行くのも頷ける。
もう一度ここで、〈教科書の口絵ワイドに春の海〉を読み直す。
一般的に俳句では、絵や写真に写っている季語は季語にならない(季感が薄い)といわれる。この句でもこの海は書籍の中の海であるから、本物の海ではない。
しかし、もし〈春の海ひねもすのたりのたりかな〉のための口絵写真だとしたら、結果的に蕪村の春の海をふまえていることになり、蕪村が詠んだ本当の景色としての春の海を呼び込むことができている。
300年近い時を経て、教科書にまで掲載されるようになった蕪村句の春の海。目をつむれば波の音、潮の香、そして「のたりのたり」という擬態語を説明する先生の声が聞こえてくる。
※この文章は佐藤が勝手に俳句から推理しただけであり、本当かどうかはわかりません(そして、何が本当かを特定するのはこの句の読みの本質ではありません)。また、著者の許可も得ていません(でも全然違ったらすみません)。