2019年11月17日日曜日

星とは何か   佐藤文香

貴女がある星を指差すとして、その人差指の指紋が、指紋と地面とのあいだに存在する空気の一番上の部分を圧していることは、その人差指が、爪の先から星までを埋める空気の斜め下の部分を突いていることよりも、客観的に見てドラマチックでない事象なのだが、私の主観からいわせてもらえば、うん、土竜という生き物として暮らす私の主観ではあるが、私の未だ見ぬ、星と呼ばれる何かのために私が貴女の圧力を得られるということで、圧すといっても触る程度のことではございましょうけれど、私はまず貴女の立つ真下へ土の中を駆け、やさしい靴音に怯えながらも、我が身を覆う土の上部の空気が、貴女の指紋に動かされることを、心待ちにするのであります。という点から、貴女の人差指が爪の先から星までを埋める空気の斜め下の部分を突いていることよりも人差指の指紋が指紋と地面とのあいだに存在する空気の一番上の部分を圧していることの方が大変にドラマチックで愛しい事象なのである。

いつか星を、その星と呼ばれる何かを、貴女、貴女の指紋に掬い取って、星を付けた人差指で、足元のしめった土をほじくって、私を、そうさ土竜の私を、探してくれまいか。私の、冷えて細い桃色の鼻先に、星というものやそれが輝く夜という雰囲気を、一寸与えてくれはしまいか。貴女の指紋が直に私の鼻先を押して、私の豚に似た鼻先に星がプリントされる、さすれば貴女の指先から何かへの、すべての距離の幅だけある空気たちのことを、貴女も私も考えないでよいときがくる。そうして私は、星とは何かを、貴女に教わることになる。そんなことまでも私は、心待ちにしているのであります。