2023年7月16日日曜日

051*2023.7




10句
恋路      佐藤文香


杏と恵/桂と香   佐藤文香

散文
五十嵐秀彦『暗渠の雪』一句鑑賞  関悦史

杏と恵/桂と香   佐藤文香



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杏と恵

蓄光顔料だ。
一昨日の学園祭、三年D組の標本展示に見入っていた杏はティンカーベルのように透け、恵は水出檸檬茶を飲みすぎている。そのうち恵の骸骨の蓄光顔料はみどりの力を発揮し始めた。これはいい。ふたりは教壇に飛び乗り、ピンクレディを歌った。

二人の学校の近くにはちいさな飛行機とヘリコプターがとなりあう倉庫があり、大型バスの居眠り会場があり。お嬢、骨が鳴るねぇ、と背の高い老人が来て言う。築地市場まで延びたモノレールは、恵の親戚の財閥のおかげだった。杏はモノレールの上を走るのが好きで、走るときにはかならず報告をする。富良野にある実家からは、やさしいメロンが送られてくる。そのメロンも蓄えているゆたかな光があると、杏は恵に手紙を書いた。杏は手紙よりはやく走ってきた。

明後日の杏と恵は砂漠の都市のカジノにいて、そこでしか使えないコインをじわじわと無駄にしていく。杏は透明なコインを持って帰ろうと言う。換金処ではたまに、未来のコインにとりかえてくれるからだ。恵は珍しい羽虫を捕まえる、そいつはそこで卵を産み、産んだ途端に砂金になる。未来のコインも持ち帰れば砂になるし、砂金から顔料はつくれないことは、杏も恵もわかっている。

コチュジャン色の月をがらんと下ろして、モノレールの開発局に運び込む。そのころには恵の骸骨も光を切らしているので、操縦席からのアナウンスを安らかに聴くことができる。身の回りのほとんどは、砂か砂金になっている。典型的な磁石を持参している恵が、砂と砂金を分けてゆく作業を行う。

非常口付近のお座席では、お茶の一席が設けられている。ときの将軍もいらしていて、しかし報道陣は翼の上で待たされている。杏はうすばかげろうの過去を反芻し、そっとお茶をひとくち、それから翼に出ると、すべてのカメラが杏を取り巻く。一方恵は将軍に砂金を献上し、将軍はそれを犬に与える。犬はよろこび、少し短くなる。

三月の杏と五月の恵に、特筆すべきことはなかった。家で漉いた手紙を交換し、配給によって得た一人一本のナイススティックを大切にした。杏はモノレールで築地市場に行き、恵と焼鳥を食べに行く。熟練の店主は炭火の隙間から、雷鳥の生まれた雪原を見せてくれた。




桂と香

そのように翔るには
なにをいただけばよいのですか
香は、桂に おうかがいする
これ、ですね
桂は ヒヒンと鼻を鳴らし
白濁した液体を 差し出した
蒙古のものです、
はっはっは 
わたくしの祖先があなたがたの 
教科書をおさわがせして。

香は 頭を掻いて
いえ、こちらにも琴なら、と
透明した液体を 差し出す
直情型のわれわれは
自動運転しか。
お恥ずかしい限りです、 
香は
白濁し 透明する 

今日の景は いまいち
飛びましょうか、低いところを
雲を超えると、わたくしたちは
おなじになってしまうから
輝いたりしては いけません

白濁し、透明する。


2023年7月15日土曜日

五十嵐秀彦『暗渠の雪』一句鑑賞  関悦史


   極道を雪の埠頭に送りけり   五十嵐秀彦『暗渠の雪』(書肆アルス)


 映画の一シーンのような光景ながら、空想で作ったものとは思いにくい妙な重みがあって、それは「極道」の濁音の重さや、「けり」の断定性から来ているわけではない。 

 「極道」は相手の内面まで承知していなければ出てこない語で、「ヤクザ者」「暴力団員」「柄の悪い男」といった見た目の先走った捉え方とは違う。一句の主は相手の生き方をそれなりに受けとめているのである。「雪の埠頭」なる決まりすぎの情景は内面としての風景であり、両者はそれをともにしている。その寡黙な連帯によって、彼は「極道」と同格の強さを帯びることになるのだが、しかし、そうした己の像に酔ういとまもあらばこそ、たちまち極道は送られ、二人は別れを迎える。 

 ただの背景のようであった「雪」が不意に冷たさをもって肌身に迫ってくるのはこの時だ。王維「元二の安西に使するを送る」にも通じそうな友情の表出が、彼方を思うスケール感ではなく、鋭い断念へと転じるのは、この一人となってから受ける雪のためなのである。

2023年7月11日火曜日

麦鶉       高山れおな


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麦鶉       高山れおな

谷神の犠(にへ)ともならず麦鶉
物干してうかと卯の花月深し
幼年や植田に朝日レモン色
(あをぐろ)きバイク洗はれ桜桃忌
泡となる頭残らず梅雨に入る
下闇の昏さに翻波式衣文
はたた神たまたま白き皿を割る
六月の蟬ひそかなるひつじ雲
唐揚の空梅雨の遠き日の匂ひ
油虫吾(あ)を待ち取りて走り出す

2023年7月1日土曜日

恋路      佐藤文香



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恋路      佐藤文香

畳み巻く傘ふるびたり月見草
引越の朝や葡萄のグミを買ふ
新築や床暖房は梅雨に要らず
胡蝶蘭の根を巻く苔を潤せり
夏至過ぎの南の空を見せる窓
旗竿地はためく家に汗かいて
人生の夏の転入届かな
恋ヶ窪よりの恋路を自転車にて
梅雨晴のまま明け武蔵国分寺
冷製コーンポタージュ淋しがる暇なし

アポトーシス     関悦史



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アポトーシス     関悦史

蝉の穴何か挿したきおもひあり
岩われを認識したり夏の月
黒揚羽のサラダ作りぬ明晰夢
西日ゆゑ壁から滲み出る人よ
アポトーシス身に満ちわたる祭かな
水残る水鉄砲や水に浮き
四五本の落雷を活け寂るる街
涼しさや卓に眼鏡と目玉置く
尸解してダチュラの下をとほりけり
    晩年、突発性難聴になった金原さんがYMO散開ライブの「東風」を聴くのが楽し
    みだったのにと手紙に書いてこられたことがあった。二〇一七年六月二十七日没。 
金原まさ子忌ミュート「東風(トンプウ)」かけおくは