杏と恵
蓄光顔料だ。
一昨日の学園祭、三年D組の標本展示に見入っていた杏はティンカーベルのように透け、恵は水出檸檬茶を飲みすぎている。そのうち恵の骸骨の蓄光顔料はみどりの力を発揮し始めた。これはいい。ふたりは教壇に飛び乗り、ピンクレディを歌った。
二人の学校の近くにはちいさな飛行機とヘリコプターがとなりあう倉庫があり、大型バスの居眠り会場があり。お嬢、骨が鳴るねぇ、と背の高い老人が来て言う。築地市場まで延びたモノレールは、恵の親戚の財閥のおかげだった。杏はモノレールの上を走るのが好きで、走るときにはかならず報告をする。富良野にある実家からは、やさしいメロンが送られてくる。そのメロンも蓄えているゆたかな光があると、杏は恵に手紙を書いた。杏は手紙よりはやく走ってきた。
明後日の杏と恵は砂漠の都市のカジノにいて、そこでしか使えないコインをじわじわと無駄にしていく。杏は透明なコインを持って帰ろうと言う。換金処ではたまに、未来のコインにとりかえてくれるからだ。恵は珍しい羽虫を捕まえる、そいつはそこで卵を産み、産んだ途端に砂金になる。未来のコインも持ち帰れば砂になるし、砂金から顔料はつくれないことは、杏も恵もわかっている。
コチュジャン色の月をがらんと下ろして、モノレールの開発局に運び込む。そのころには恵の骸骨も光を切らしているので、操縦席からのアナウンスを安らかに聴くことができる。身の回りのほとんどは、砂か砂金になっている。典型的な磁石を持参している恵が、砂と砂金を分けてゆく作業を行う。
非常口付近のお座席では、お茶の一席が設けられている。ときの将軍もいらしていて、しかし報道陣は翼の上で待たされている。杏はうすばかげろうの過去を反芻し、そっとお茶をひとくち、それから翼に出ると、すべてのカメラが杏を取り巻く。一方恵は将軍に砂金を献上し、将軍はそれを犬に与える。犬はよろこび、少し短くなる。
三月の杏と五月の恵に、特筆すべきことはなかった。家で漉いた手紙を交換し、配給によって得た一人一本のナイススティックを大切にした。杏はモノレールで築地市場に行き、恵と焼鳥を食べに行く。熟練の店主は炭火の隙間から、雷鳥の生まれた雪原を見せてくれた。
*
桂と香そのように翔るには
なにをいただけばよいのですか
香は、桂に おうかがいする
これ、ですね
桂は ヒヒンと鼻を鳴らし
白濁した液体を 差し出した
蒙古のものです、
はっはっは
わたくしの祖先があなたがたの
教科書をおさわがせして。
香は 頭を掻いて
いえ、こちらにも琴なら、と
透明した液体を 差し出す
直情型のわれわれは
自動運転しか。
お恥ずかしい限りです、
香は
白濁し 透明する
今日の景は いまいち
飛びましょうか、低いところを
雲を超えると、わたくしたちは
おなじになってしまうから
輝いたりしては いけません
白濁し、透明する。
*