2022年8月15日月曜日

040*2022.8

 


10句
詩と墓碑     佐藤文香

10句
危険な関係    高山れおな


散文
テキサス旅行記 〜石油、掘ってますか?〜   佐藤文香

散文
パイクのけむりⅩⅨ~脱稿したんですの~   高山れおな


パイクのけむりⅩⅨ~脱稿したんですの~   高山れおな

本欄の第十六回「ウェルテルは何回泣いたか」でこう述べた。『尾崎紅葉の百句』という本を執筆している、ふらんす堂の「○○の百句」シリーズの一冊として十月に刊行される予定である、と。百句鑑賞の本文はすでに三月二十日に書き上げた、これから巻末の解説文に取り掛かるとも。

上記の回がアップされたのは四月十五日。この時点ではたしか、五月末までに巻末解説を書き上げて版元に送る約束だった。同シリーズの巻末解説文は、原稿用紙十数枚、マックスで二十枚くらいであるから無理のない見通しのはずだった。しかし、実際に解説を書き上げ、手直しを加えた鑑賞本文と合わせ、版元に送稿したのは八月十日であった。正味で二か月半近い遅延である。年内十月刊行予定が来年の早々に切り替わるだけだし、二〇二三年はじつは紅葉の没後百二十年の節目にも当たっているので、それはそれでいいのだが、たかだか十数枚の原稿をそこまで引きずってしまったこと自体に忸怩たるものがある。

そうなったについては、文章そのものを書きあぐねたところと(書くことが無くてではなく、有りすぎて)、執筆のための時間が取れなかったという二つの理由がある。そのうち前者についてだが、途中まで書き進んで、あっ、この調子で書いていると、五十ページ分くらいになってしまう、あのシリーズのフォーマットと全く合わない、どうしようと頭を抱えていたところで、ある人物から、思いもかけない別の人物と橋渡しをしてくれるお話があって解決した。なんでそれが、文章の行き詰まりの打開になるのか不思議なようだが、それについてはずっと先に書く機会があるだろう。とにかく、書き進んでいた文章の後ろ半分をばっさり切り捨て、強制終了的に脱稿することができた。バンザイ。

時間が取れなかったというのは、もちろん忙しかったからだ。仕事のローテーションがかなり無謀なことになっていた上に、俳句関係でも細かい締切が次々に入って、休日は順送りでそちらに取られ、紅葉百句は後回しになってしまったということだ。細かい締切の一つは他ならぬ翻車魚ウェブ。これが月二回やってくる。そこにその時々の注文が加わるわけだが、四月からは固定の毎月の締切がさらにもう一つ加わりもした。上に登場したある人物がやっている雑誌(無料配布のPR誌、ジンみたいなもの)に、俳句随筆の連載を始めたのだ。

雑誌は「オリジナリ」という誌名で、名前の由来などは全く知らない。刊行はちょうど一年前の夏からで、もう一週間もすれば出る最新号で第十三号になる。私は本年四月刊の第九号からの参加だ。作家の関川夏央氏が「昭和残照」、脚本家の西岡琢也氏が「N’ S COLUMN」を連載している。イラストレーターの伊野孝行氏の「ぼくの映画館は家から5分」は、もちろん挿絵も自分で描いている。たった十二ページの小冊子ながら、ラインナップがそんな調子でかなり本格的で、かつ紙だから文章量も固定されているし、私も本欄のように長く書いたり短く書いたり、勝手気ままにはやれないので往生しております。

連載のタイトルは、「はれのち句もり」。いきなりやってくれと話があって、いきなりスタートしたものだから、苦し紛れ感百パーセントのネーミングである。内容は、『尾崎紅葉の百句』の執筆余滴みたいに、紅葉とその周辺の俳人を取り上げている。今のところはであって、今後どうするかは決めていないものの、ずっと紫吟社と秋声会の俳人を取り上げ続けてもいいような気もしている。あまり手を付けられていない分野なので書く意味はあるからだ。


(一) 尾崎紅葉 江戸川や浮木に涼むはだか虫

(二) 泉鏡花 旗太皷雨乞に非ず格列拉(コレラ)遂ふなりき

(三) 三島由紀夫 舞蹈会露西亜(ロシア)みやげの扇かな

(四) 巌谷小波 酔大雅妓の夏帯に揮はんと

(五) 徳田秋声 乗合や毛臑なげだすひとへ物


現状の記事は上のごとし。このうち、(一)~(三)のpdfを読めるようにしてありますので、よろしければご覧ください(クリックするとPDFファイルにジャンプします)。


テキサス旅行記 〜石油、掘ってますか?〜   佐藤文香

アメリカに来たいと思ったことがなかったので、当然アメリカ国内で行きたいところもなかった。それはアメリカに住み始めてからも同じことで、自分から旅行の提案をすることはない。

    テキサスは石油を掘つて長閑なり  岸本尚毅 

今回行くことになったテキサスに関しても、私が知っていたことはこれだけである。ヒューストンやダラスはかろうじて聞いたことがあったものの、滞在先であるサンアントニオとオースティンは、はじめて聞いた地名だった。どの町でもテキサスの人はみな石油を掘っているのか?
なぜテキサスかといえば、単に配偶者であるTの仕事に同行するというだけのこと。仕事と言っても数人の研究者に会いに行くだけで旅費は出ないので、Tにとってもほとんど旅行なのだが、旅程や旅先にシバリがあるというのは形式や兼題のようなものであり、こういう俳句のような旅でこそ自分は本領を発揮することもわかっていたから、6泊7日の旅への期待は日毎に高まった。かんたんな日記を公開するので、今後サンアントニオ・オースティン旅行をお考えの方は(いるのか?)参考にしていただければと思う。


8/8 1日目 日曜日 
サンフランシスコ国際空港。たまたま我々が通過するはずの金属探知機が壊れており、機械を通らずに保安検査を終えた。いいのか? BARTと機内で小津夜景・須藤岳史『なしのたわむれ 古典と古学をめぐる手紙』(素粒社)を読了。小津さんの文章はどんなに内容が博識だろうと何かを得たいと思わない読書に最適なうつくしさでありがたくなる。翌週が締切の依頼原稿2000字強をあらかた書き終わったところでサンアントニオ空港に到着。機内では3時間半程度、バークレーとの時差は2時間。ホテルは思いのほかラグジュアリーで、街の中心部・川沿いの「リバーウォーク」に面しており、そこから歩いて目をつけていた夕飯の店へ。


ドイツ風のビアバーで、思いのほか酒場感がつよく、1リットルのメガジョッキ片手に「ホテルカリフォルニア」の生歌を聴いた。
酔い覚ましにAmtrakの駅まで歩いて距離感を確認して帰る。スパークリングをグラスで、チョコレートケーキとともにルームサービスで頼み、美味くて満足した。 

8/9 2日目 月曜日 
スペイン由来の有名な4つのカトリック教会(教会跡)「Missions」が観光スポットとされており、その一番遠いNational Historical Parkまで朝からLyft(Uberと同じでアプリで行先を指定して乗車するタクシーのようなもの、つねに私が担当)で行く。そこでふたりでレンタサイクルを借りて(これもアプリ。1日$15なので安くはないが)、アラモ伝道所までのすべてをまわることにする。16kmの行程。途中私の自転車の後輪がパンクして災難だったのと、途中まで電動アシスト自転車だと気づかず自力でこいでいたことがわかったのは、運動せよという神の思し召しか。暑かったが自転車・歩行者道が整備されている範囲も多く、楽しかった。肝心の建物群については、たしかに素晴らしいが、とくに知識もないので写真を撮ってまわるだけに終わった。


昼はレストランでフローズンカクテルとメキシカン。テキーラというのはそのまま飲まずともカクテルにすればいつでも誰でも飲めるのか、と納得する。美味。リバーウォークを歩いてホテルに帰り、Tはテキサス大学サンアントニオ校へH先生に話を聞きに。私はホテルで休憩、夕方少し買い物に出て、水とテキサスのロゼを買って帰る。ふたりがホテルに迎えに来てくれ、車でH先生のお宅へ。豪邸で大きな犬2匹と遊び、分厚いステーキをたらふくいただく。さきに挙げたテキサスの句と同じ作者・岸本尚毅の〈牛肉を妻に食はさん青嵐〉を思い出した。テキサスのメルローも美味しく、ご家族も楽しく、いい夜だった。私の持参したロゼは全然ダメだったが。
 
8/10 3日目 火曜日 
Tが大学に行くかと思いきや、M先生が車で連れて行ってくださるというので、KさんとTと4人で鍾乳洞「Natural Bridge Caverns」へ。1時間のツアーガイドの英語はほとんど聞き取れなかったが、鍾乳洞自体は圧巻だった。鍾乳洞といえば小学校のときの修学旅行の山口の秋芳洞以来だと思うが、秋芳洞がどんなだったかは思い出せない。


昼はGrueneという小さな街まで行きレストラン。テイスティングのできる土産屋でGRAPEVINEという店があり、私の15年来好きなバンド名と同じなので、記念に帽子を買った。街中の土産屋ゾーンMarket Squareまで送ってもらうが買うものはなく、レモネードだけ買ったら、店のおばさんが無造作にレモンを切るところから始めたので驚いた。38℃、一番強い日差しの中を20分歩いてホテルに帰る。かなり消耗したので、夜はホテルのレストランで軽く済ませる。ワインリストはほとんどカリフォルニアワインだったので、アルゼンチンのものを頼んだがいまいちだった。 

8/11 4日目 水曜日 
5時起きで支度をし、歩いてAmtrakの駅へ。Amtrakはアメリカの長距離鉄道で、我々の住んでいるBerkeleyにも通っているが、乗るのは今回がはじめて。


半分以上の時間を徐行のような速度で進み、間違いじゃないかと思ったが定刻から30分遅れだったので、やはり何かが間違っていたのだろう。車窓から朝日が登るのが見えたのは眩しかったがよかった。ニューカラー時代の写真を思わせるような風景で、アメリカンやなと思った。ホテルへ、午前10時にもかかわらずチェックインさせてくれてありがたい。まずはウェルカムセンターとテキサス州会議事堂を見た。そう、ここは州都なのだ。


そのままランチへ。ビールとお洒落サラダを頼んだら、ビールはうまかったがサラダは酢漬けの芽キャベツが皿いっぱいに盛られたもので、まったく食べきれず。小さい美術館がいろいろあるなかで、まずは The Contemporary Austinへ行くと、音を聴かせる展示「The Whisperes」というのをやっていて、水に水が落ちる音や金属のうすくこすれる音などに耳を澄まし、はからずも芭蕉〈古池や蛙飛こむ水のをと〉〈閑さや岩にしみ入る蝉の声〉などを思った。次にかなり気になっていた Museun of the Weird に行き、Big Footなど妖怪的なものたちと写真を撮った。愛おしいB級感。
連日午後は38℃になるので、15時〜17時ごろは基本的にホテルで休む時間と設定し、夜また出直すことに。メキシカンレストランで海老タコスとカクテル。 オースティンはライブの街として知られ、中心部6th Streetには、小さなライブステージのあるバーが並んでいる。歩いてみてFriends Barという雰囲気の良さそうな店に入り、カクテルを飲みながら演奏を聴いて満足。Brad Stiversという実力派、わりにオールドスタイルの若手のミュージシャンのバンド形態だった。 うまい。



8/12 5日目 木曜日 
本屋大好き、大学時代はバイトで池袋ジュンク堂本店のオープニングスタッフだったこともあるTは、旅先ではかならず本屋に行く。今回も街で一番大きな本屋Book Peopleへ30分歩いて行くことに。本の品揃えもさることながら、ディスプレイもよく、雑貨や子供用のコーナーも充実していて素晴らしかった。詩のコーナーには付箋に詩を書いて貼るスペースがあったのだが、残念ながら付箋が使い尽くされていて私の俳句を書き残すことはできなかった。


街で一番のレコード屋WATERLOO RECORDSも近くにあり、そこにも寄る。自分はレコードは持っていないが、好きな人には宝の山のような店だろう。日本のミュージシャンでは細野晴臣が人気らしかった。土産を少し購入。Whole Foodsという、少し高級なスーパーのアメリカ本部店舗もその一帯にあったので、全体を見て歩く。買ったものを食べるスペースもあり、それをランチにすることも考えたが、結局そこから近くの中華レストランに行った。Soup Dumplingが小籠包だと知る。 暑い中歩いてホテルへ。途中、ヒストリーセンターに寄ったが、完全に調べ物をする用の場所で、写真集だけぱらぱら見て少し涼むだけに終わった。ホテルで少し休んで、同人誌「焼鳥」のほかの二人の原稿を読み、コメント。 我々は詩人・犬塚堯について考えている。
日が傾いたところで、コロラド川を渡って、おそらくオースティンで有名なライブの店The Continental Clubへ。その近くでカジュアルなメキシカンと缶ビール。ライブ会場に入ったと思ったら演奏が終わってしまい、30分間の休憩となった。始まらなかったらどうしようと不安だったが、待った甲斐あって演奏には大満足。ベテランバンドの安定の演奏。
また40分かけて歩いてホテルに帰る。 Congress Avenue Bridgeはコウモリで有名らしいが、時間が合わず見ることができなかった。コロラド川の景が不忍池に似ていると友人Mからの指摘。高浜虚子〈蝙蝠に暮れゆく水の広さかな〉

8/13 6日目 金曜日 
Tと一緒にLyftに乗り、テキサス大学オースティン校へ。Tが先生と会っている間、私は学内を散歩してカフェに入って俳句でも書くかと思っていたら、夏休みだからか学内のカフェが軒並み休みで、広大なキャンパスを20分歩いてようやく出て、歴史博物館のカフェで不味いサンドイッチを食べることになった。 俳句は湧かず、かわりに21日にHPNC(Haiku Poets of North America)のZoom会でプチ講演する原稿(Fayさんに英訳してもらったもの)を読んだ。大学敷地内にあるブラントン美術館でTと合流し、印象派がないな、などと言いながらさらっと回って、炎天下を20分歩いてホテルに帰る。部屋で葉書を2通書く。 
夜は水曜日と同じレストランへ、私は切り分けられたステーキsizzling(シズル感のシズルですよ)、Tはテキーラ飲み比べに挑戦。地元の銘柄の、年代違いの3種類を飲み、やはりテキーラも熟成すると美味いのだなと知る。私はここでもしつこく赤ワインを頼むがいまいち。テキサスの肉はテキーラの方が合うらしい。 
目をつけていたPete's Dueling Piano Barへ。今までの店は飲み物さえ頼めばあとは任意でミュージシャンにチップを払うだけでよかったが、ここだけはじめに入場料を取られるシステム。中央の舞台に2台のピアノがあり、ふたりが歌いながら弾いたり、ハーモニカを吹いたり、ほかの人も上がってきて合奏形態になったり。ここでもホテルカリフォルニアを聴き、なんだか自分のテーマソングみたいな気がしてきた。若い人たちが飲み踊り、エンタメとして極上だったが、彼らは全員コロナのない世界線の住人なのだろうか、とも思った。ハイになってホテルに帰り、すぐに2時間寝て、ふつか酔いならぬ1.3日酔いに苦しんだ。


8/14 7日目 土曜日
チェックアウト。お洒落ショッピングゾーンでウィンドウショッピングののち、Mexic-Arte Museumへ。ここが小さいながら案外よかった。それにしてもアメリカの小さいギャラリーはトイレを貸し出していないところが多く、頻尿の身には厳しい。カフェに入り用を足してカフェラテ、ランチを別の店で食べるがフレンチトーストのバターが効きすぎていてアメリカントーストになっていた。荷物を取って空港へ。機内では少し寝たり、この日記を書いたりして過ごした。サンフランシスコに着くと寒い。オースティンとは17℃差の21℃。BARTでバークレーに帰り、いつものように丸亀製麺に寄ってきつねうどんを食べてアパートに帰った。

連日最高気温38℃の中、一日の平均歩数が12000歩を超えたが、とくに熱中症などになることもなく、最終日以外は飲みすぎることもなく、ふたつの街全体を楽しむことができた。石油を掘っている人を見かけることはなかったが、とくにサンアントニオはアメリカ人の国内観光客向けの街になっていて、みなダラダラとしていたのがよかった。オースティンでの3夜連続ライブ体験は夢のようで、酒を飲みながら座ってライブを聴くのが好きな人はぜひ訪れてほしい。また、テキーラとステーキのうまさもわかり、「テキサスでワインを頼むな」という教訓を得ることもできた(H先生のお宅でいただいたもののみが美味しかった)。ビールはふつうにうまかったし、なんならチェイサー代わりというかんじ。
肝心の自分の俳句作品については、9月の翻車魚ウェブで公開できればと思っている。



2022年8月1日月曜日

詩と墓碑    佐藤文香



クリックすると大きくなります

詩と墓碑    佐藤文香 

作曲家ごとのてのひら夏のピアノ 
川風の長閑けさ若き無花果に 
支流を過ぎ古書店に卑俗な靴下 
青き薔薇そしてリルケの墓碑を訳 
哈哈哈と笑ふロゼに忍びの泡の湧く 
波音を詩にかぶうんと老詩人 
谷底に日々夏霧の遊ぶなり 
君が詩に書く自画像も背の高さ 
帰りみち見ましたね野兎を二度 
夕焼のおもひで雲の陳腐な喩も


Poems and Tombstones   Ayaka Sato
                        Co-translated with Weijia Pan 

palms of each composer's ー 
piano in summer 

a river’s calm breeze 
to young figs 

past the tributaries, 
vulgar socks at a used bookstore 

blue rose: 
I am translating Rilke's tombstone

I'm laughing 哈哈哈 
secret bubbles rising in the rosé 

a poem about the sound of waves, 
written and read by an old poet 
“Kaboom” 

at the valley bottom 
summer fog plays everyday 

the self-portrait in your poem is also tall

on the way home, 
we saw the hare 
twice 

memories of sunsets: 
even the clichéd metaphor of clouds


Napa Valley Writers' Conference 2022
Translation Workshop in Poetry

危険な関係      高山れおな


クリックすると大きくなります


危険な関係      高山れおな 

ぎいと引くツナ缶の蓋不死男の忌 
ツナ缶にツナぎつしりと大暑かな 
植ゑてある花ことごとく赤裸 
王の青(ブリュ・ド・ロワ)そのいちにちの南風 
泣いてゐる月草の仮寝の蛇よ 
汗噴いて輝く我ぞさて何処へ 
星々の歩む静かさ夏休み 
ラクロ読むコロナのメトロ夜の秋 
危険な関係・手紙・神の目・水すまし 
土用鰻食はぬ幾とせ夏日星

     五句目「月草の」は、「うつる」「仮」「消ぬ」に掛かる枕詞。