2023年12月15日金曜日

砂の夏   佐藤文香



 


砂の夏       佐藤文香


かつて

麻の衣服の袖口に

小さな虻がとまった

人の帰った前庭で

落葉の記憶と照らし合わせ


砂の夏、

硬い言語の紙の束は

めくるだけで 朽ちていく


馬が帰る。

口実には湯冷ましを

笹の葉にしらふの劣情を。

風へ身を冷やしに参る

鋼の夏、

たんと嘲りがいのある

指環の夏。


夏の砂、

かつて えらく大きな

からくりが 人工島の

呼び水として栄えた、栄えた

球が来る くりかえし

弾かれる球 夏のこと


風でめくれるぎざぎざは砂

渓流を 無実の麗人が遡り

夏に消えた、

消えた、さわやかな仏たち


火が

馬の代わりに走る 砂の夏

(匙加減を間違うなよ、

 非力なのは織り込み済みだろうが

 糸車に獣を匂わせるのか?

 着飾って来られるなら小遣いは弾んでやる)


笹のひとむら

あちらの 背の白い馬は

もう声を出さないそうだ

くりかえし 弾が、くる

弾のこだわり 朱の季節


届出にはついていこう

下心を麻袋に入れて

ドンツキに火を放ったら

砂場でのアリバイを

夏の歌謡曲に焚き付けて。


夏が終わる、

浜をうしなう 火を送る

重なり合い 濃くなった

内海の怒りを 諾いうる


かつての砂の夏。

救いようのない

狭い木陰のはなむぐり。