2024年3月16日土曜日

059*2024.3





10句

10句

10句

散文
イヤフォンたち  佐藤文香

イヤフォンたち    佐藤文香

 ワイヤレスイヤフォンをなくしたのは、ランニング中になんらかの虫の写真を撮ったあとだったと思う。虫に夢中でイヤフォンを片方落としたのだ。その虫がなんだったかを今思い出そうとしているのだけれど、忘れてしまった。イヤフォンだけでなく、虫の記憶もなくした。橋を渡ったところだった。ライオンズマンションの手前だ。

よって、ワイヤありイヤフォンを買った。イヤフォン同士はつながっていて、スマホとはつながっていない。Bluetooth接続だ。たしか、グミちゃんが教えてくれた。耳の部分を外から見ると金色で、音質も値段のわりによく気に入ったのだが、コードの途中にオンオフ等のボタンがあるため、ランニング中にはそれがおもりになって揺れ、すぐ外れるのがネックだった。

しょうがないので走る用のイヤフォンも購入した。たしか、アメリカで買ったのではなかったか。こちらもBluetoothの、イヤフォン同士はつながっているタイプ。耳のところにボタンがあり、音質はそこそこだが、走るには悪くなかった。そういうわけで、お出かけのときは金色、走るときは耳ボタンと、シーン別に使うことにした。

あるとき、金色の方のBluetooth接続がおかしくなり、何度電源を入れ直しても、iPhoneと接続できなくなった。かなしかった。仕方がないので、お出かけの際も耳ボタンの方を使うことにした。そしたら今度は、耳ボタンの方のイヤフォンをなくした。思いのほか寒い午前、高円寺でなくした。なくしたことに気づいて店に行って聞いたがなかった。私は、大切なイヤフォンをふたつとも失ってしまった。

基本的にひとりでいるあいだ、外界の雑音にずっと触れていることができないため、イヤフォンがないと生活がまわらない。しょうがないので、ヨドバシカメラに行った。そこで出会ったのが、骨伝導イヤフォンである。耳の中に突っ込まないのに音がすることに驚き、感動し、未来の到来だと思い、すぐに購入した。

しかし使ってみると骨伝導イヤフォンには大きな難点がふたつあった。ひとつは、あまり外の音のシャットアウトにならないことだ。耳の穴があいているのだからそれはそうだろう。もうひとつは、気圧の変化に弱いことだ。骨伝導イヤフォンで耳の前の骨を叩かれているような感覚が強くなり、気分が悪くなると、たいがい気圧が急降下か急上昇をしている。調子が悪いときほど音楽が必要なのに、聴くと気分が悪くなるんでは困る。とはいえさらに別のイヤフォンを購入するのは、いくらなんでもイヤフォンばかり買い過ぎだ。

昨日、祈る気持ちで、壊れたと思っていた金色のイヤフォンをフル充電し、電源を入れると、なぜかMac Bookと繋がった。Mac Bookとの接続を切り、iPhoneの接続画面にある該当の接続先も一度削除し、もう一度繋ぐと、なんと接続できた。

ありがとう、おかえり、金色! 大きい音にしたり、小さい音にしたりして、金色イヤフォンで聴く。ヒトリエというバンドだ。


今後骨伝導イヤフォンはランニングのときに使うことにし、ふだんはまた金色イヤフォンでいくことにしよう。それにしてもワイヤレスイヤフォンと耳ボタンイヤフォンは、どこでどうしているのだろうか。


  秋まつり紐のないイヤフォンで行く  『菊は雪』

  教はりたる春を聴きたいやうに聴く  『こゑは消えるのに』 


2024年3月1日金曜日

エミュー       関悦史






エミュー       関悦史

四七〇六階のしろぎつねはこはい
寒卵から寒卵うまれたり
動悸の未明は吾を食はんと啼く寒鴉
毛糸もて編みし大蛸ソファーを垂れ
無伴奏チェロぶりばり弾かれ探梅へ
地平まで三猿並ぶ多喜二の忌
尿酸結晶通るぞ春の足の中
三月やカップ焼きそば湯切れば成る
東日本大震災忌天網失せ
またしてもエミューに追はる春の夢

     四七〇六階=画家レオノーラ・キャリントンの作品タイトル

百題稽古壱之差換 春八 夏二  高山れおな



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百題稽古壱之差換 春八 夏二  高山れおな

   子日 
千年の影引く影や姫小松
   鶯 
こゝろから春告鳥のこゑの色
   柳 
風騒ぐやなぎを春の文(かざり)かな
   桜 
身は夢と血に満ちて寄る桜かな
   春雨 
春雨や《既視感(デ・ジャヴュ)》のほかに俳句なし
  苗代 
茫とあり苗代寒の無何有郷(ユートピア) 
  菫菜 
すみれ摘む静脈(あをすぢ)透けて雲の影
  款冬
山吹に蝶の一期の舞か此れ 
  郭公
幾千代の地獄めぐりてほとゝぎす 
  早苗 
玉苗のふるへたふとし水は空

春の詩         佐藤文香




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春の詩         佐藤文香

はなれても夜はきつねがつなぐから
みちてくる二月洋梨のゼリーひとつ
コースターに夜空の刷られたる春よ
書くためのマシンに鰐を貼り足せり
ふきのたう見て帰りたりおもひだす
拾つて食ふ道に落ちてあつた夏蜜柑
チリコンカン笑ふたびいい声になる
阿佐ヶ谷の花粉まみれのアルビノ鳩
なばな今日は私の好きな店に行かう
          ◇ 
この春の詩が書ける 字を知つてゐて