2023年2月15日水曜日

046*2023.2

 



14句
思ふことなくて  佐藤文香

10句
蝶ねぢ   高山れおな


散文

俳句+エッセイ
「ありえない構造」の橋の動画による即吟  関悦史

「ありえない構造」の橋の動画による即吟  関悦史

  ゲーム内の架空世界を吟行するという妙な経験をさせてもらった「ゲームさんぽ」に不意の変動があり、YouTubeのチャンネル名も「ゲームさんぽ」が外されてただの「ライブドアニュース」になってしまった。今後チャンネルの性質も変わりそうである。 

  それで久々に関連動画を漁ってみたら《【見たすぎて無理①】伝説の地に架かる「ありえない構造」の橋/🇬🇧英国ドボク旅行》というものがアップされていた。 


 案内人はいつものいいださん、マスダさんだが「ゲームさんぽ」ではなく、新企画「写真フォルダさんぽ」なる趣向。実際に英国を旅行してきた千葉工業大学・八馬智さんの写真から、英国の橋を考究(?)するものらしい。 

 従来の形で続くことはもうないであろう「ゲームさんぽ」を惜しみ、この動画で勝手に即吟した。

       * 

 この八馬氏が急に思いたって渡英したのがたまたま12月24日クリスマス。ヨーロッパではクリスマスはみな休んで家族団欒となるので交通機関なども止まりがちという。


    クリスマス欧州はみな家の中 

 
 羽田空港から始まった旅行写真、機内では撮るものもなかったのか次でいきなり現地になった。 
 「これもうテムズ川ですね」 「もう着いてるんですね」「川崎かな? と思いましたけど(笑)」 


    川崎に似て冬麗のテムズ川 


  橋だけでなく、空港の作りも観察の対象になるのである。


    ヒースロー空港立体駐車場師走 


  八馬氏はかつてオランダに住んでいたそうで、そちらも冬場は天気が悪い。その雲の切れ目から光が差すと「光って、こんなに綺麗なんだ」と思うという。動画ではそういう呼び方はされていないが、いわゆる「ヤコブの梯子」である。 


    うつくしくつめたくヤコブの梯子垂る 


  車で進んでいって、直線的な橋と曲線的な橋が二本並んで架かっているところにさしかかった。
  案内人の発した形容をそのまま句に取り入れる。


    橋二本武骨と変と冬天に  


 フォース鉄道橋の写真が出てきた。赤い鉄骨で組み上げられた、ややアールを帯びた菱型を連ねた橋である。ウルトラ怪獣のペスターのようにも見える。
 この橋の設計に日本人も携わっていたらしい。 
 橋の構造を説明している写真が出てきて、腰掛けた二人の英国紳士の間で小柄な男性が宙に浮いている。これが件の日本人、渡邊さんである。有名な写真でスコットランドのお札にもなっているという。たしかに三人の男性の配置が橋と同じ構造を見せている。


    渡邊さん真ん中に浮く冬の河  


  寄り道したハーラーズなる土地では、ストーンヘンジに似た遺跡にちょいちょい出くわすという。


    またストーンサークル出づる冬景色 


  中には「ドラクエ感がある場所」もある。


    石柱を立てて毒めく冬の水 


  海の侵食で二つに割れた岩山のような土地を繋ぎなおす橋。じつは両側から伸び出ているだけで真ん中は接合されておらず、隙間がある。信じがたい構造。


    真ん中は切れて完璧北風(きた)の橋 


  吊橋で跳ねて揺れ具合を確かめていた女性に出くわす。「あ、この人ただ者じゃないな」と思ったら、別の橋の制振装置の設計者で、プロ中のプロであった。


    吊橋に設計者跳ね冬の雲 


  海に臨んで立つ「アーサー王」像とは名づけられていないがそれをイメージしているらしいギャロス(強者)の銅像は、胴体がぶち抜かれた大胆な造形であった。 


    はらわたを冬霧通らせて強者


見に「行く」こと(最近の展示6つ)  佐藤文香

 私は読書が苦手だ。座っていることが苦手だからだろう。よってとにかく書籍からのインプットが著しく乏しい。こういう人間は出歩いて何か新しいものを摂取するしかない。

美術館等で展示を見るのは、基本的に歩きながらできるので、自分にとってはそれがいい。さらに、美術館に行って帰るというのも運動である。ここ最近の展示を見に「行く」という運動と、展示の感想を一言ずつ書いておく。


1/25 府中市美術館
諏訪敦「眼窩裏の火事」

・行きは高円寺から武蔵小金井に出てそこからバス、帰りはバスで府中へ出て京王線、というぐるっとコース。武蔵小金井のスタバで少し仕事を進められたのがよかった。文章仕事は基本的にスマホで書いている。荷物が重いのが嫌いだ。できれば鞄には本を入れたくない。

・見えていて、見えたように描けてしまうことの神秘を思った。イカと豆腐が好きだった。


1/26 東京ステーションギャラリー
特別展「佐伯祐三 自画像としての風景」

・ちょうどその日は宝塚星組の観劇日で、チケットを受け取ってステーションギャラリーへ行き、東京駅でマグロ丼を食べて東京宝塚劇場に戻った。マグロ丼はぼったくり価格で、日本酒も付けてしまったが、それもぼったくり価格だった。東京駅にはがっかりだ。星組公演は素晴らしく、号泣した。礼真琴の真骨頂であった。

・佐伯祐三はこれまでも数点を見て気に入っていたが、まとめて見るのは初めてだったのでえらく感動した。私も二年間下落合に住んでいたので、少し親近感も湧いた。対象物の把握の速さがかっこいい。お金があったら作品を買うと思う。最初から最後までほぼ同じペースで見ていた男性がいて、その人も図録を購入していた。思わず声をかけそうになった。


1/31 東京国立近代美術館
大竹伸朗展

・竹橋ということで、知り合いの方に教えてもらって、展示を見たあとにランステーションで着替えて皇居ランにチャレンジ。1周5kmを2周走った。プロントでビールを飲んで帰宅。久しぶりにプレミアムモルツの香るエールを飲んだらうまかった。展示を見て走って酒を飲む、考えられる限り最も素晴らしい一日の過ごし方だと思う。次回は3周走るつもりだ。

・大竹伸朗は宇和島で活動しているということもあり、見ておかねばならないような気がした。圧倒的な作品量で、これだけつくり続けられるタフさというのがすでに才能だろう。が、ふつうにうまい人でもあり、私はそこが好きだ。


2/4 世田谷文学館
月に吠えよ、萩原朔太郎展

・珍しく土曜に配偶者のタカシと行った。世田谷文学館は芦花公園駅が最寄りだが、千歳烏山からもそこまで遠くない。それに千歳烏山は急行が止まるというよさがある。タカシは昔千歳烏山に住んでいたので、帰りに少し散歩した。暮らしやすそうな街だった。
タカシが職場に行くというので先に帰った。タカシは職場だけでなく日比谷にも寄って、宝塚のBlu-rayを買って帰ってきた。いつも私に相談なく買ってくる。素晴らしい配偶者だと思う。

・萩原朔太郎には今まであまり興味を持ってこなかったが、お兄さんに対する手紙だったかに、植物に対して欲情したような話が書いてあって(記憶違いだったらすみません)、それが面白かった。TOLTAの展示というかんじでもあった。


2/9 日本近代文学館 「新収蔵資料展 同時開催 萩原朔太郎大全2022」
日本民藝館 「生誕100年 柚木沙弥郎展

・詩人のOさんと一緒に行った。ランチは詩人のAさんもご一緒に。文学館内のおしゃれカフェはおしゃれなだけでなくご飯もおいしかった。Oさんとはそのあと民藝館にも行った。平日日中散歩可能な友人は貴重である。

・文学館の新収蔵資料には尾崎紅葉「寒詣翔けるちんちん千鳥かな」(斎藤松洲画)があり、それを見ることができたのがよかった。高山れおな『尾崎紅葉の百句』(ふらんす堂)にも入っている句。その他では「動物文學」という雑誌がよかった。今も雑誌が刊行され続けていれば、寄稿したかったなと思った。

・柚木沙弥郎は青地に白い山羊(であっていただろうか?)のがよかった。最近は器にも興味が出てきている。海鼠釉が好きだと思った。ミュージアムショップで散財しそうになるのをおさえたのに、帰りに駒場のおしゃれパン屋でおしゃれなパンを買い、帰ってバカ食いしてしまった。

これだけ短期間にいろいろ展示を見て回れるというのは、単に暇だからではあるのだが、肝心の展示自体をしっかり見ていないからでもある。毎度詳細に見て感銘を受けていたら、こういうことにはならないだろう。自分は「展示空間を歩き回りに行く」ために行っているので、今後も月に二つか三つは行きたいと思っている。

  また美術館行かうまた蝶と蝶  佐藤文香


2023年2月1日水曜日

蝶ねぢ       高山れおな




蝶ねぢ       高山れおな

    歯痛、治る 
あつてよかつた抗生物質と寒の水
   東福寺 三句 
涸れ涸れに川貫けり東山 
枯蓮や叫び折れたる夢の如し 
独り行けと大寒の梅アッハッハ 
裸木のさくらに月の孵る夜か 
蝶ねぢに留めたる恋も早や朧 
摘草や土筆の他は死後にする 
どの春も違ふ窓辺に江戸切子 
呼べば来るもの陽炎の中を来る
   K君、渡米壮行 
その一歩アメリカも亀鳴く頃か

鳥の概念       関悦史




鳥の概念       関悦史 
 
寒いねと全裸中年男性居る 
ロースト全裸中年男性ある聖夜 
全裸中年男性ばかり宝船 
すごろくや鳥の概念を溜めこむ 
父・吾・妹散り病み合ひて御慶無し 
晴れてゐて五日の風の荒きこと 
チェロケースは頭抜けて冬の雑踏行く 
書架に住む貝殻たちの一月や 
殺さるるときの淋しさ春星は 
水と空蛙とび込みたるあとの

思ふことなくて   佐藤文香




思ふことなくて   佐藤文香 

松過の京都のバスのうすみどり 
鵜の嘴の付根の黄なる睦月かな 
ひとところあをきは寒の小倉山 
稜線をなす一木や遠く枯る 
せり出せる枝の寒さも桂川 
あらたまの若く色濃き波ならむ 
波寒し一羽搏きの胸際を 
鴨七羽水面に散りてしづかなり 
寒晴や中洲に松の惹かれ合ふ 
寒禽の空のゆるびを繕はむ 
香を聞く黒目に雪の映らざる 
小匙にて喰ふこのわたの茶碗蒸 
凍星に芽吹の枝の白むとき 
月渡る窓に小指を冷やしけり