2019年9月16日月曜日

005*2019.9


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作品
▶︎土浦~松山~熊本  関悦史

作品
▶︎虹のやうな夏  佐藤文香 

散文
▶︎日記(2019.8.15~9.14)  関悦史

散文
▶︎船長と夕暮猪  佐藤文香

日記(2019.8.15~9.14)  関悦史

8月15日(木) 
 講中(町内の葬儀互助組織・「翻車魚」2号エッセイ参照)の行司のHさんから電話。Mさんのお爺さんが亡くなったが講中の手伝いは無用とのこと。
 I氏から、俳句甲子園は予定通り開催するとの電話。台風10号が通過中のはずの松山、大した影響は出ていないらしい。
 夜、黒岩徳将に熊本の勉強会の問い合わせメール。航空券を持った黒岩君と空港で合流することになるらしい。
 大塚凱がツイッターに唐突に女装写真を上げる。

 8月16日(金) 
 第22回俳句甲子園のため松山へ。
 羽田空港はロビー内のコンビニが消え、おにぎり等も自販機に移っていた。
 空港で他の審査員長たちと合流。松山空港に着いたら出迎えのIさんらに、審査員総決起集会の挨拶を今年も頼むと言われる。
 タクシーに分乗して松山大学に移動。ウェルカムパーティーに出席。名古屋高校・水野大雅先生の息子の結雅くんに挨拶され新しい名刺をもらう。裏面の代表句もちゃんと替えられていた。
 乾杯の音頭は先に着いていた高野ムツオさん、それと別に審査員長紹介の後、鴇田智哉の挨拶もあった。われわれの乗った羽田からの飛行機が遅れる可能性があったため、二重になったらしい。鴇田さんの挨拶は、単にバスや何かに乗り遅れたというだけのことが運命の機微に触れるような触れないような内容に聞こえ、何であれがありがたい話になりおおせてしまうのかと他の審査員から不思議がられて、「高僧の法話」と評された。
 対戦抽選会のあと、タクシーに分乗してホテルにチェックイン。徒歩で懇親会場の店へ。飲み会のあとに中原道夫さんが記念撮影しようとしたが、正木ゆう子さんが先に帰ってしまっていた。何人かはさらに二次会へ。

 8月17日(土) 
 朝食を慌ただしく済ませて、ホテルのロビーに7:50集合。審査員長団揃って大街道へ。
 開会式後、審査員は「すし丸」4階に移動して夏井いつきさんによる諸注意伝達。審査員総決起集会という、数年前に小澤實さんが始めた儀式(?)があって、ここで檄を飛ばす役が去年に続いて私に回ってきた。最後にまた全員に手を重ね合わせてもらい、私の「頑張りましょう」の掛声に「オー」と応えてもらう。こういう体育会ノリなこと、普段はやらないのだが。
 大街道で予選。担当のHブロック、今回は初めから審査員長の一人・阪西敦子が一緒。出場校数が減ったままなのだ。
 昼食に「すし丸」に戻った帰りに洛南高校の生徒に求められて句集「花独活」にサイン。
 大街道の対戦終了後、東日本では手に入らないカールをドラッグストアで買い込み、17:50、またホテルのロビーに集合。Hブロックが大街道の最果てなので、一日の行ったり来たりしている間に7,000歩以上歩いた。
 店の座敷に移動して、個人賞選考会議。難渋の末《中腰の世界に玉葱の匂ふ》に決定。以後、優秀作等を挙手投票で次々決定していく。
 「リア充」なる単語が入った句があって、一部の審査員がわからず、まわり中から説明しまくる。
 俳句甲子園でもっとも厳しくもっとも愉しいのがこの個人賞選考会議で、ここまで句のことばかり話しあう機会はない。単純な多数決ではなく、一応全員が納得しなければならないため、合意形成の過程でそれぞれの俳句観が揺さぶられて視野が開けるといったこともしばしばあるのだ。
 夜10時前ようやく散会してホテルへ。

 8月18日(日) 
 昨日よりさらに慌ただしく朝食を済ませて7:10、ホテルのロビーに集合。タクシーに分乗して松山コミュニティセンターへ。
 ホールで敗者復活戦句の質疑応答後、控室で集計結果を見、決勝リーグはBブロック担当に割り振られて会議室へ。名古屋高校の難波君が、先に相手の句を十全に鑑賞しきってから、それ以上の何かがあれば言ってくださいと振る「鑑賞倒し」とでも呼ぶべき大技を出す。相手の向陽高校もこれをちゃんと受け返した。
 昼、控室で弁当。高柳・神野ジュニアのじゅん君(3歳)が来たが、知らない大人ばかりのせいかすぐ帰ってしまった。
 決勝戦は青森の弘前高校と愛知の名古屋高校Bで、弘前が優勝。
 審査員控室の前にずっと立ててあった意味不明のオブジェ、巨大トイレットペーパーとティッシュが受賞式で登壇。副賞のトイレットペーパーとティッシュ10年分の模型だった。
 「プレバト!」チームと優勝校のエキシビジョンマッチが今年もあったが、詳細は例によって放映終了まで公言禁止。
 審査員長団はタクシーで「網元 別邸」に移動。その後さらに徒歩で「すしまる」に移動して二次会。この二次会で顧問の先生、スポンサー、スタッフ等全員集合となり、それぞれの話を伺うので、もう一滴も飲めなくても参加しないわけにいかないのだ。
 夏井さんは審査員団をちょっとだけフェアウェルパーティーにも出させるつもりだったらしいのだが、今年は時間がなくなった。
 夜11時過ぎ散会。

 8月19日(月) 
 朝8時半、チェックアウト。
 松山から土浦の自宅まで帰る。
 松山空港で雨降りだす。
 機中、疲れて何も読めず。

 8月20日(火) 
 故河野典生の娘の冬子さんからDMが来ていて、傑作短篇集『八月は残酷な月』(光文社文庫)なる新刊が出ていることを知る。
 疲れ、凝りひどく、何も読めず。
 水道民営化のパブコメが全然報道されないまま今晩締切と知り「反対」意見を送信。
 部屋にカナブンが出た。

 8月21日(水) 
 家の脇に置かれていた犬の糞等を掃除。ゴミ出し。
 サトアヤとDMで「翻車魚」第3号の打ち合わせ。

 8月22日(木) 
 現代俳句協会の熊本勉強会の連絡メール等。
 溜まっていた既読句集数冊分をブログに上げる。

 8月23日(金)
  買い出し。
 諸連絡立て込む。

 8月24日(土) 
 現代俳句協会《出張ゼロ句会in熊本「使命と俳句」青年部第160回勉強会》のパネリストのため熊本へ。
 羽田空港で黒岩君と合流。
  昼前、阿蘇くまもと空港着。メール等のやり取りだけあった加藤知子氏と対面。車に同乗して会場の「くまもと森都心プラザ」多目的室へ。
 出演者総出で机と椅子を設置し、弁当を食う控室もないのでホワイトボードで目隠ししつつ開場前の会場で昼食兼打ち合わせ。パネリスト、関悦史、青島玄武(熊本県現代俳句協会)、樫本由貴(現代俳句協会青年部、「小熊座」)、黒岩徳将(現代俳句協会青年部・司会)。
 「使命」という面妖なテーマだったが、言いたいこと、言わなければならないことを抱え込んでしまった俳句について考える狙いであったらしい。
 終了後、俳句甲子園のOBOGらしい若い人が数人いて、今年の最優秀句《中腰の世界に玉葱の匂ふ》がよくわからないと質問された。こういう反応が出るだろうと予想はしていたが。最優秀個人賞の選考基準も年々進化しているのではないか。
 雨。車で「HERO海」なる店に移動し、打ち上げ。
 青島さんが車で樫本由貴、黒岩徳将とともにホテルに送ってくれてチェックイン。地震で改修が続く熊本城が玄関から見える。
 樫本さんに貸してあった新俳句人連盟のCD-ROMが返ってくる。

 8月25日(日) 
 午前9時、ロビーに集合してチェックアウト。
 出張句会のため、黒岩君、樫本さんと路面電車で熊本県立図書館に移動。
 集合を待っている間に、たまたま開催中だった「梶尾真治の世界」を観覧。
 吟行中、図書館の脇の川から虚子の句碑辺りに来たところで本降りとなり、芭蕉の葉の下で雨宿り。小やみになったところで館内に戻る。
 昼飯にセブンイレブン熊本出水2丁目店でおにぎりを買って、出たきたらまた雨。軒下で食っていたら、後から来た参加者の女子も来て、菓子をくれる。
 体育館の会議室で句会。小学生の女の子がお母さんと一緒に句会に参加していた。宮崎から車で来てくれたグループで皆「南風」所属らしい。
 帰りの空港ロビーから機中、黒岩君と喋りっぱなし。羽田空港で別れ、ブックオフ秋葉原駅前店で100円本5点購入して帰宅。

 8月26日(月) 
 黒田杏子さんから封書で「金子兜太百年祭in皆野町」のチラシ。永井荷風/持田叙子・髙柳克弘編著『美しい日本語 荷風Ⅰ 季節をいとおしむ言葉』献本他届く。
 田村隆一『インド酔夢行』再読。E・ブロッホ『未知への痕跡』他読了。

 8月27日(火)
  俳句甲子園個人優秀賞の選評をようやく書き、編集部にメール送稿。
 「翻車魚ウェブ」用の10句と「土曜俳句倶楽部」用の3句も作り、それぞれ送稿。
 ミシェル・ビュトール『仔猿のような芸術家の肖像』他読了。

 8月28日(水) 
 中原道夫さんから封書で、俳句甲子園の審査員長集合写真3枚。毎回切手が凝っている。
 「円座」のゲラを済ませる。
 荒巻義雄『紺碧の艦隊』全20巻中1~5巻読了。私が大学に入った湾岸戦争の頃に刊行が始まって、それまで愛読していた荒巻義雄の新作をいちいち追わなくなるきっかけとなった大長篇だが、最近ブックオフでまとめて手に入ったもの。

 8月29日(木) 
 コンビニで電話料を払い込み、スーパーで買い出し。
 共同通信の時評を書く。
 ツイッターで「ゆ @yuumu1228」が続けている俳句日記の句が面白かった。《私殺されるときもへらへらしてるんじやないかしら秋の虹》

 8月30日(金) 
 ツイッターで角川俳句賞に西村麒麟、抜井諒一の2名と速報。
 荒巻義雄『紺碧の艦隊』12巻まで読み、飽きてきて一度休む。

 8月31日(土)
 高山れおな『切字と切れ』、原雅子『俳句の射程―秀句遍歴』他届く。
 こまごまと確認のやり取りが続いていた共同通信のゲラがようやく手を離れる。

 9月1日(日)
 8月中にBL句集の原稿をまとめるつもりだったが全然間に合わない。
 AbemaTVで「女子高生の無駄づかい」第9話を見ていたら、ロボが俳句を詠み始めたので、咄嗟に判定モードになった。俳句甲子園の後遺症である。

 9月2日(月)
 『寺田京子全句集』献本他いろいろ届く。
 資料集めのため、メールとDMをあちこちに送りまくり、その辺に置いてあった俳誌もチェックしながら少し整理。
 今日まで有効の割引ハガキが来ていたマツモトキヨシでユンケルの錠剤等を買う。肩凝りがひどい。
 加納一朗の訃報。小学生の頃、ソノラマ文庫のドタバタSF「是馬・荒馬」シリーズなどを愛読していた作家だった。
 金子兜太の最後の句集『百年』が印刷に回ったらしい。

 9月3日(火)
 資料集めのためのメールのやり取り続く。
 プラチナ文庫休刊の報。数えてみたら、今まで読んだBL本のなかに10冊ばかりプラチナ文庫のものがあった。
 肩凝りひどい。

 9月4日(水)
 野村美月『ドレスな僕がやんごとなき方々の家庭教師様な件』4巻まで読む。市内のマンガ専門古本屋「まんがらんど」が閉店で投げ売りしていたときに4巻まで引き取ってきて放置していたものだが、全8巻の作品だった。
 池内紀の訃報。

 9月5日(木)
 資料集めメールのやり取り、まだ続く。
 藤原書店からメール。「兜太」第3号への拙稿転載の件。
 献本、添削原稿、依頼状等、郵便物どかどか来る。
 家の脇にビニール袋入りの犬の糞がまた置かれた。わざわざ袋に入れるなら持ちかえればよさそうなものだが。犬の散歩をさせている人間が全部胡乱に見えてくる。
 夕方、突発的に自転車で数十分かかるブックオフ荒川沖店へ。100円本5点買い込む。
 生涯学習センターにこもって北斗賞の応募原稿を読み始める。無記名のコピーだけが来るので、どれが誰かはわからず。
 不眠。

 9月6日(金)
 句集類を読む。

 9月7日(土)
 残暑ぶり返す。
 NHK文化センター「土曜俳句倶楽部」出講のため青山一丁目へ。  途中、ブックオフ松戸駅西口店で『古沢太穂全集 補遺―戦後俳句の社会史』というのが200円で出てきて購入。レンガ本なので大荷物。
 講師控室で、先月まで私が代講していた藤井あかりさんが復帰したと聞く。藤井さんのクラスが3時までで私のクラスが3時からと、入れ替わりの一瞬しか会えないので、廊下で扉のスリットから覗きつつ藤井さんの出待ちをしていたら、藤井さんに見つかってしまい、中に入って先月まで毎回顔を合わせていた受講生の皆さんとも挨拶してこれた。
 帰途、ブックオフ池袋サンシャイン60通り店で中古DVD、アンドレイ・タルコフスキー監督『サクリファイス』1,580円を見つけ、欲しがっていた小野村に電話して代理購入。  帰宅して荷物を置いてから台風前の食料買い出し。

 9月8日(日)
 句集類を読む。
 資料が届きはじめる。
 台風15号接近。夕方、無風のうちに雨戸は全部閉める。
 小津夜景さんから問い合わせのメール。「翻車魚」第3号の関悦史論を小津さんに頼んであるのだがやや意外なアプローチの模様。
 昨日の「土曜俳句倶楽部」欠席者4名の句の講評を書きメール送稿。
 未明、次第に暴風雨。神奈川、千葉がひどいことになっているらしい。
 不眠。

 9月9日(月)
 朝ようやく寝ついて夕方起床。台風15号、うちは大した被害はなくて済んだ。裏の古井戸の蓋がめくれ上がってジョウロ他が吹き飛ばされる等していたが、概ね普通の台風レベル。家より何十キロか東を通っていったらしい。
 毎日新聞社の添削済ませる。
 ブログに名古屋高校の部誌「野郎共」第3号(2019年6月)を上げる。俳句甲子園のときにもらっていたもの。

 9月10日(火) 
 郵便物どかどか来て、その中から句集1冊読む。
 雷。
 台風15号、千葉のかなりの範囲が未だに停電、断水中らしい。報道は組閣ばかり。
 不眠。

 9月11日(水) 
 「100年俳句計画」からようやく10月号雑詠欄原稿依頼(残りの句)のメール。遅れているようなので選句選評をすぐ済ませて返信。
 晩飯中、右下奥歯が異様に固い物を噛み、歯茎を傷める。
 ウイルヘルム・ヴォリンガー 『ゴシック美術形式論』他読了。さっぱり頭に入らず。
 不眠。

 9月12日(木) 
 トーストをかじっていたら右下の歯の被せ物が取れた。昨日嚙んだのは、ずれた被せ物だったらしい。
 四方田犬彦『「かわいい」論』読了。
 凝り、呆けひどく何も手が付けられず。
 「100年俳句計画」のゲラが来たので、微修正して返信。
 「WEP俳句年鑑」2020年版用の自選7句を選び、ウエップ編集室にメールで送る。この年鑑、実物を見たことがない。

 9月13日(金)
  しんどくて寝てばかり。
 合間に煮物だけ作る。

 9月14日(土)
 しんどくて寝てばかり。もはや今日がいつなのかもわからず。
 原稿も書けず句も出来ず。「翻車魚」第3号の句がひとつもできていないので、ツイッターで兼題を募集。

船長と夕暮猪  佐藤文香

 船長、雉がいますと吉岡に言われて振り向くと、そこには雉ではなく夕暮猪がいた。夕暮猪じゃないか、と吉岡に言うと、おかしいなさっきまでは雉だったのにと顎髭をしごく。

 先日研究室の後輩の吉岡とふたりで花見舟に乗ったところ、酔った吉岡が、高原さんは船長で僕は隊員です、と言い出したので、お前それならお前は隊員じゃなくて船員じゃないのかと注意すると、じゃあ僕は一般人でいいので高原さんだけ船長やってくださいと言う。それがなかなかおもしろいと思った私はペンギンダイアリーに書き留めておいた。翌日吉岡が昨日なんか失礼なことしませんでしたか、と聞いてきたから、私は船長で君は一般人だ、とペンギンダイアリーを見せてやった。吉岡は顎髭をしごきながら、じゃあ船長、今日は雉を見に行きましょうと言う。雉は山にいるんだろう? どこに行くつもりだよ、と聞くと、巻末付録に雉の見れる山一覧が載ってました、と私のペンギンダイアリーを開いて見せる。ら抜き言葉が気に入らない私もそれは一度いい季節にどこかへ見に行かねばという気になり、それが花曇の今日であることも悪くないと直感した。吉岡がペンギンダイアリーの他のページを次々読もうとするので奪い返すと、シールページに挟んであった愛するタカオの写真が棒棒鶏の上に舞い落ちた。タカオはバナナを食べているときが一番かわいい。

 雉ではなく夕暮猪がいたのは、もう萎れつつある石蕗の花の黄の奥で、彼は鼻を上下させてその根元の土を嗅いでいた。吉岡は雉を探しに少し登山道を登り、私は夕暮猪と待つことにした。このあたりは雉が多いの、と聞くと、さあ、夕暮猪の方が多いんじゃないですか、と、グレーの体を杉の木に擦り付けながらこたえる。我々の仲間は雉よりかは強いですからね、と言うので、それはそうだろうと言うと、いやしかし、体は雉より強いですが頭は雉より弱いですよ、と言い、「猪」と刺青を入れた額を突き出して見せた。どうせなら夕暮と彫ればよかったのに、と私が言うと、雉にもそう言われました、と残念そうな顔をした。

 そのうち吉岡が山を降りてきて、雉よりすごいものを見つけましたよ、と嬉しそうだ。なんだ、生け捕りかなにかにしたらよかったのに、と私が言うと、いやいや船長じゃあるまいし、と笑いながら、スマートフォンを見せてきた。映っていたのは夕焼で、まさかこれを私に見せたいだとかセンチなことを言うんじゃないだろうな、と拡大しても拡大しても夕焼だった。

2019年9月1日日曜日

虹のやうな夏  佐藤文香


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虹のやうな夏   佐藤文香
やんで降る雨ばらの芽に訃の届く
傘越しに薔薇の重さを慮る
蔓薔薇に巣箱ふたつの朽ちつつあり
草餅や湖面をぽくと雲のかげ
武蔵野欅春から夏へ落葉して
鳥のいちにち菩提樹のはだへの斑
明るさに別れて虫が目に入る
ブラインドサッカー虹のやうな夏
半袖と店の地球儀のイタリア
日雇や銀杏若葉の隙を雨

「鏡」32号より一部転載

土浦~松山~熊本  関悦史


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土浦~松山~熊本  関悦史 

問題集に倦みて冷房裡にぐねぐね
精霊飛蝗居つきぬ十三階の窓
空港に残す鋏や秋澄める
ペンの字のぼつりと滲み秋の雨
犬が猫を追ひ上げし秋雨の一木
秋霖を城に見下ろされて眠る
秋湿りステンレスのくねりて手すり
沼あれば棒は自生し秋の風
溜まりゐる水痙攣す澄みながら
子ら競ひ跳ねつぐ体育館冷やか