2022年6月15日水曜日

038*2022.6



10句 

湖と炎 ー東直子の歌とVictoria Changの歌ー 佐藤文香

  好きだった世界をみんな連れてゆくあなたのカヌー燃えるみずうみ  東直子 

昔からどう読めばいいのか迷っていた歌で、というのは、上の句が四句目と結句に等しくかかるのか(三句目で切れ、四句目と結句が並列)、それとも上から順に修飾関係にあるのか(下の句は直列)ということなんだけれど(どこかにこたえが書かれているかもしれないがそれは読まず)、しかし「燃える」が「みずうみ」にかかっていようが「カヌー」にかかっていようが、湖の上に炎の立ち上がる世界が印象として残るのは同じかもしれない、と、気づいた。

それは、最近次の詩を読んだからである。

THE LOVERS

There is a wildfire
starving on top of a lake.
See how the water holds fire
but cannot end it?
We insist on love
when all we want is mercy.

これは2022年に刊行され、現在私が住むBerkeleyの新刊書店ならほぼどこにでも置いてあるアメリカの詩人Victoria Changの詩集『THE TREES WITNESS EVERYTHING』中の一首だ。あえて「一首」と書くのは、Changは数々の賞を受賞した前詩集『OBIT』で試みた"tanka"形式を拡張し、今詩集では日本の定型詩である和歌の様々な形式(短歌のほかに片歌、旋頭歌、仏足石歌、長歌など)を用いた短詩を展開しており、そのうちの一作品だからである。シラブルを数えていただければ、5-7-7-5-5-7で、これは5-7-7-5-7-7の旋頭歌形式の字足らずと捉えればいいだろう。



英語の定型詩を日本語の定型に訳すのが難しいのは、シラブルあたりの情報量に差があるからで(体感で日本語の1.3~1.8倍くらい?根拠ナシ)、今回に関しても日本語で同じリズムで同じ内容にするのは到底無理なので、軽くリズムの雰囲気を残すかたちで試しに訳してみた(英語が得意とは言い難いのでおかしかったらすみません)。

恋人たち  ヴィクトリア・チャン

湖上に飢えた野生の火
見よ いかに水は火を保ち
しかし 鎮められないか
愛を言う 慈しみしか要らないのに
                (佐藤文香訳)


読んでみて、「この絵をどこかで見たことがある」という印象を受けたのだった。
内容がそっくり、とは言い難いのだが、東の歌とこの詩(歌)とには、湖に立ち上がる炎と、そこに重なる恋人のイメージがある。さらにそれが定型詩に書かれるという共通点もあり、不思議な緊張感に見舞われた。

水に火がつくという幻、その景色を見せてしまう書き手の心は、どこか通じているような気がしたのだ。




Victoria Chang についてはこちら→POETRY FOUNDATION Victoria Chang

余談1 こういうことはあるようです。

余談2 中央図書館でこれを書いていたら、斜め前に座っていた私くらいの年齢の男性に急に声をかけられ、「すみません、その詩集はすごく面白そうですね」と言われた。Berkeleyとは、そういうところである。


2022年6月1日水曜日

羽たたむ馬     佐藤文香



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羽たたむ馬     佐藤文香 

山毛欅林布を広げて風を盗む 
昼の月木々の香が大通りまで 
三篇の紫陽花の詩に函が要る 
夏霧を鳥おりてきて馬となる 
馬面のながくやさしき夏野かな 
羽たたむ馬や追慕に薔薇の朽ち 
鷗らに埠頭は便利 ゆめのなつ 
麗しき顎ひきよせ四時のBEER 
焚火してペルソナの浮く半夏生 
おもひでの辻 火と等価交換の