2022年8月15日月曜日

テキサス旅行記 〜石油、掘ってますか?〜   佐藤文香

アメリカに来たいと思ったことがなかったので、当然アメリカ国内で行きたいところもなかった。それはアメリカに住み始めてからも同じことで、自分から旅行の提案をすることはない。

    テキサスは石油を掘つて長閑なり  岸本尚毅 

今回行くことになったテキサスに関しても、私が知っていたことはこれだけである。ヒューストンやダラスはかろうじて聞いたことがあったものの、滞在先であるサンアントニオとオースティンは、はじめて聞いた地名だった。どの町でもテキサスの人はみな石油を掘っているのか?
なぜテキサスかといえば、単に配偶者であるTの仕事に同行するというだけのこと。仕事と言っても数人の研究者に会いに行くだけで旅費は出ないので、Tにとってもほとんど旅行なのだが、旅程や旅先にシバリがあるというのは形式や兼題のようなものであり、こういう俳句のような旅でこそ自分は本領を発揮することもわかっていたから、6泊7日の旅への期待は日毎に高まった。かんたんな日記を公開するので、今後サンアントニオ・オースティン旅行をお考えの方は(いるのか?)参考にしていただければと思う。


8/8 1日目 日曜日 
サンフランシスコ国際空港。たまたま我々が通過するはずの金属探知機が壊れており、機械を通らずに保安検査を終えた。いいのか? BARTと機内で小津夜景・須藤岳史『なしのたわむれ 古典と古学をめぐる手紙』(素粒社)を読了。小津さんの文章はどんなに内容が博識だろうと何かを得たいと思わない読書に最適なうつくしさでありがたくなる。翌週が締切の依頼原稿2000字強をあらかた書き終わったところでサンアントニオ空港に到着。機内では3時間半程度、バークレーとの時差は2時間。ホテルは思いのほかラグジュアリーで、街の中心部・川沿いの「リバーウォーク」に面しており、そこから歩いて目をつけていた夕飯の店へ。


ドイツ風のビアバーで、思いのほか酒場感がつよく、1リットルのメガジョッキ片手に「ホテルカリフォルニア」の生歌を聴いた。
酔い覚ましにAmtrakの駅まで歩いて距離感を確認して帰る。スパークリングをグラスで、チョコレートケーキとともにルームサービスで頼み、美味くて満足した。 

8/9 2日目 月曜日 
スペイン由来の有名な4つのカトリック教会(教会跡)「Missions」が観光スポットとされており、その一番遠いNational Historical Parkまで朝からLyft(Uberと同じでアプリで行先を指定して乗車するタクシーのようなもの、つねに私が担当)で行く。そこでふたりでレンタサイクルを借りて(これもアプリ。1日$15なので安くはないが)、アラモ伝道所までのすべてをまわることにする。16kmの行程。途中私の自転車の後輪がパンクして災難だったのと、途中まで電動アシスト自転車だと気づかず自力でこいでいたことがわかったのは、運動せよという神の思し召しか。暑かったが自転車・歩行者道が整備されている範囲も多く、楽しかった。肝心の建物群については、たしかに素晴らしいが、とくに知識もないので写真を撮ってまわるだけに終わった。


昼はレストランでフローズンカクテルとメキシカン。テキーラというのはそのまま飲まずともカクテルにすればいつでも誰でも飲めるのか、と納得する。美味。リバーウォークを歩いてホテルに帰り、Tはテキサス大学サンアントニオ校へH先生に話を聞きに。私はホテルで休憩、夕方少し買い物に出て、水とテキサスのロゼを買って帰る。ふたりがホテルに迎えに来てくれ、車でH先生のお宅へ。豪邸で大きな犬2匹と遊び、分厚いステーキをたらふくいただく。さきに挙げたテキサスの句と同じ作者・岸本尚毅の〈牛肉を妻に食はさん青嵐〉を思い出した。テキサスのメルローも美味しく、ご家族も楽しく、いい夜だった。私の持参したロゼは全然ダメだったが。
 
8/10 3日目 火曜日 
Tが大学に行くかと思いきや、M先生が車で連れて行ってくださるというので、KさんとTと4人で鍾乳洞「Natural Bridge Caverns」へ。1時間のツアーガイドの英語はほとんど聞き取れなかったが、鍾乳洞自体は圧巻だった。鍾乳洞といえば小学校のときの修学旅行の山口の秋芳洞以来だと思うが、秋芳洞がどんなだったかは思い出せない。


昼はGrueneという小さな街まで行きレストラン。テイスティングのできる土産屋でGRAPEVINEという店があり、私の15年来好きなバンド名と同じなので、記念に帽子を買った。街中の土産屋ゾーンMarket Squareまで送ってもらうが買うものはなく、レモネードだけ買ったら、店のおばさんが無造作にレモンを切るところから始めたので驚いた。38℃、一番強い日差しの中を20分歩いてホテルに帰る。かなり消耗したので、夜はホテルのレストランで軽く済ませる。ワインリストはほとんどカリフォルニアワインだったので、アルゼンチンのものを頼んだがいまいちだった。 

8/11 4日目 水曜日 
5時起きで支度をし、歩いてAmtrakの駅へ。Amtrakはアメリカの長距離鉄道で、我々の住んでいるBerkeleyにも通っているが、乗るのは今回がはじめて。


半分以上の時間を徐行のような速度で進み、間違いじゃないかと思ったが定刻から30分遅れだったので、やはり何かが間違っていたのだろう。車窓から朝日が登るのが見えたのは眩しかったがよかった。ニューカラー時代の写真を思わせるような風景で、アメリカンやなと思った。ホテルへ、午前10時にもかかわらずチェックインさせてくれてありがたい。まずはウェルカムセンターとテキサス州会議事堂を見た。そう、ここは州都なのだ。


そのままランチへ。ビールとお洒落サラダを頼んだら、ビールはうまかったがサラダは酢漬けの芽キャベツが皿いっぱいに盛られたもので、まったく食べきれず。小さい美術館がいろいろあるなかで、まずは The Contemporary Austinへ行くと、音を聴かせる展示「The Whisperes」というのをやっていて、水に水が落ちる音や金属のうすくこすれる音などに耳を澄まし、はからずも芭蕉〈古池や蛙飛こむ水のをと〉〈閑さや岩にしみ入る蝉の声〉などを思った。次にかなり気になっていた Museun of the Weird に行き、Big Footなど妖怪的なものたちと写真を撮った。愛おしいB級感。
連日午後は38℃になるので、15時〜17時ごろは基本的にホテルで休む時間と設定し、夜また出直すことに。メキシカンレストランで海老タコスとカクテル。 オースティンはライブの街として知られ、中心部6th Streetには、小さなライブステージのあるバーが並んでいる。歩いてみてFriends Barという雰囲気の良さそうな店に入り、カクテルを飲みながら演奏を聴いて満足。Brad Stiversという実力派、わりにオールドスタイルの若手のミュージシャンのバンド形態だった。 うまい。



8/12 5日目 木曜日 
本屋大好き、大学時代はバイトで池袋ジュンク堂本店のオープニングスタッフだったこともあるTは、旅先ではかならず本屋に行く。今回も街で一番大きな本屋Book Peopleへ30分歩いて行くことに。本の品揃えもさることながら、ディスプレイもよく、雑貨や子供用のコーナーも充実していて素晴らしかった。詩のコーナーには付箋に詩を書いて貼るスペースがあったのだが、残念ながら付箋が使い尽くされていて私の俳句を書き残すことはできなかった。


街で一番のレコード屋WATERLOO RECORDSも近くにあり、そこにも寄る。自分はレコードは持っていないが、好きな人には宝の山のような店だろう。日本のミュージシャンでは細野晴臣が人気らしかった。土産を少し購入。Whole Foodsという、少し高級なスーパーのアメリカ本部店舗もその一帯にあったので、全体を見て歩く。買ったものを食べるスペースもあり、それをランチにすることも考えたが、結局そこから近くの中華レストランに行った。Soup Dumplingが小籠包だと知る。 暑い中歩いてホテルへ。途中、ヒストリーセンターに寄ったが、完全に調べ物をする用の場所で、写真集だけぱらぱら見て少し涼むだけに終わった。ホテルで少し休んで、同人誌「焼鳥」のほかの二人の原稿を読み、コメント。 我々は詩人・犬塚堯について考えている。
日が傾いたところで、コロラド川を渡って、おそらくオースティンで有名なライブの店The Continental Clubへ。その近くでカジュアルなメキシカンと缶ビール。ライブ会場に入ったと思ったら演奏が終わってしまい、30分間の休憩となった。始まらなかったらどうしようと不安だったが、待った甲斐あって演奏には大満足。ベテランバンドの安定の演奏。
また40分かけて歩いてホテルに帰る。 Congress Avenue Bridgeはコウモリで有名らしいが、時間が合わず見ることができなかった。コロラド川の景が不忍池に似ていると友人Mからの指摘。高浜虚子〈蝙蝠に暮れゆく水の広さかな〉

8/13 6日目 金曜日 
Tと一緒にLyftに乗り、テキサス大学オースティン校へ。Tが先生と会っている間、私は学内を散歩してカフェに入って俳句でも書くかと思っていたら、夏休みだからか学内のカフェが軒並み休みで、広大なキャンパスを20分歩いてようやく出て、歴史博物館のカフェで不味いサンドイッチを食べることになった。 俳句は湧かず、かわりに21日にHPNC(Haiku Poets of North America)のZoom会でプチ講演する原稿(Fayさんに英訳してもらったもの)を読んだ。大学敷地内にあるブラントン美術館でTと合流し、印象派がないな、などと言いながらさらっと回って、炎天下を20分歩いてホテルに帰る。部屋で葉書を2通書く。 
夜は水曜日と同じレストランへ、私は切り分けられたステーキsizzling(シズル感のシズルですよ)、Tはテキーラ飲み比べに挑戦。地元の銘柄の、年代違いの3種類を飲み、やはりテキーラも熟成すると美味いのだなと知る。私はここでもしつこく赤ワインを頼むがいまいち。テキサスの肉はテキーラの方が合うらしい。 
目をつけていたPete's Dueling Piano Barへ。今までの店は飲み物さえ頼めばあとは任意でミュージシャンにチップを払うだけでよかったが、ここだけはじめに入場料を取られるシステム。中央の舞台に2台のピアノがあり、ふたりが歌いながら弾いたり、ハーモニカを吹いたり、ほかの人も上がってきて合奏形態になったり。ここでもホテルカリフォルニアを聴き、なんだか自分のテーマソングみたいな気がしてきた。若い人たちが飲み踊り、エンタメとして極上だったが、彼らは全員コロナのない世界線の住人なのだろうか、とも思った。ハイになってホテルに帰り、すぐに2時間寝て、ふつか酔いならぬ1.3日酔いに苦しんだ。


8/14 7日目 土曜日
チェックアウト。お洒落ショッピングゾーンでウィンドウショッピングののち、Mexic-Arte Museumへ。ここが小さいながら案外よかった。それにしてもアメリカの小さいギャラリーはトイレを貸し出していないところが多く、頻尿の身には厳しい。カフェに入り用を足してカフェラテ、ランチを別の店で食べるがフレンチトーストのバターが効きすぎていてアメリカントーストになっていた。荷物を取って空港へ。機内では少し寝たり、この日記を書いたりして過ごした。サンフランシスコに着くと寒い。オースティンとは17℃差の21℃。BARTでバークレーに帰り、いつものように丸亀製麺に寄ってきつねうどんを食べてアパートに帰った。

連日最高気温38℃の中、一日の平均歩数が12000歩を超えたが、とくに熱中症などになることもなく、最終日以外は飲みすぎることもなく、ふたつの街全体を楽しむことができた。石油を掘っている人を見かけることはなかったが、とくにサンアントニオはアメリカ人の国内観光客向けの街になっていて、みなダラダラとしていたのがよかった。オースティンでの3夜連続ライブ体験は夢のようで、酒を飲みながら座ってライブを聴くのが好きな人はぜひ訪れてほしい。また、テキーラとステーキのうまさもわかり、「テキサスでワインを頼むな」という教訓を得ることもできた(H先生のお宅でいただいたもののみが美味しかった)。ビールはふつうにうまかったし、なんならチェイサー代わりというかんじ。
肝心の自分の俳句作品については、9月の翻車魚ウェブで公開できればと思っている。