野球という競技に初めて参加させてもらって、こういったアマチュアのゲームであっても、ピッチャーというのはずば抜けて大切な役割だと今さら知った。
実は、私は大学1年生のころ半年ほどクリケットサークルに所属しており、一瞬だけボウラー(ピッチャー)を目指していたが、クリケットにはストライクゾーンという概念がなかったため(ワンバウンドさせるし)、野球で「ストライク!」と言ってもらえるのがこんなに狭い範囲であることを今まで知らなかったのである(ここから書くことは、それくらい野球を知らない人間の感想である)。
打順が来たら打席に立ち、言われたところを守るだけなら、練習していなくても草野球には参加できる。しかしピッチャーはそうはいかない。そのゾーンに投げ続けられないと、試合にならない。
しかも、ピッチャーは孤独だ。ワイワイ声を出して元気を出したりしたら気が散ってしまう。フォアボールが続くと精神的にも肉体的にも苦しい。疲れたらすぐにチェンジできればいいが、シロウトの草野球で投げられる人は、ほかにほとんどいない。
しかし、貝澤さんのサイドスローは落ち着いていた。相手チームのことながら、安心して見ていられた。
くりかえすシャドウピッチの静けさが自分の呼吸だけを伝える 貝澤駿一『ダニー・ボーイ』
シャドウピッチとはボールを持たずに(投げずに)投球フォームの練習をすること。きっと貝澤さんは今までの人生で、幾度となく自主練をしてきただろう。今回の草野球大会の練習のためにも、シャドウピッチをしただろうか。
自分の状態を、自分の行為を通して理解するということ。ひとりで短歌を書くというのも、力一杯シャドウピッチをして、自分の呼吸を聞くようなものかもしれない。
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3月1日に刊行された
貝澤駿一歌集『ダニー・ボーイ』は二首目からいきなりフットサルの連作で始まるが、野球ファンの方はずっとあとにある連作「白球残影」を楽しまれるとよいと思う(私はフットサルもしたい)。
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佐藤文香謹選
貝澤駿一歌集『ダニー・ボーイ』(本阿弥書店,2025.3)より十首
教科書をひらけばモスクワの匂い 君をサーシャと呼ぶ日々がある
ジャングルジムに登れば空から見えている僕らも若い銀河のひとつ
水際に腕の産毛をひからせて笑うひとりにひとつの冷夏
落ちてくるさくらの花を打ちかえす野球部のあほの袖のかがやき
知らない国の国技のようにじゃれあった夏の手ざわりだけ思い出せ
教えられた通りにその国を知るな 銃 病原菌 スケートボード
タップダンスならば僕にもできるかと試してみたり秋の陽のなか
戦うことを恐れてしまう夏の空その情けなさに救われながら
ハマスタのウイング席でペガサスの目を持って見る薄暮の野球
世界の果てに手負いの空があることの〈さくら通り〉の花冷えの雨