2019年12月16日月曜日

君宛の手紙はすべて君に  佐藤文香

佐藤くんへ

佐藤くんも僕も、20代を、よく生き延びたと思う。僕は僕でいくつもつらいことがあったけど、佐藤くんもかなり、かなりだったからな。僕は、佐藤くんは大丈夫だ、とか、佐藤くんは面白い、佐藤くんのつくるものは面白い、そう思っていたし、実際君に会うたびにそう言ってきた。でも君はまあ僕の言うことだし、と思ってただろうし、オオカミ少年とまではいかないけど、僕は君をいつも褒めるから、ふたりのあいだでそれがデフォみたいになってた。

でも明らかに、僕が君を助けた日もある。君が泣いて電話をかけてきて。君はずっと無言で、ずっと電話はつないでて、僕はたまに、どうでもいいことを言う。そんなのは序の口。君が失恋して絶望して、駅のホームで僕に怒りをぶつけて(あんとき僕なんも悪くなかったやんな?)、でも僕は、僕には君が大事であることを伝え続けた。君が吸ってたアメスピ、懐かしい。ドアが開かないほどのゴミで埋め尽くされた君の部屋に、片付けに行ったこともあったし。LINEが途絶えたと思ったら、首吊り失敗した、ってかえってきたときもあった、ほんと絶対失敗しなきゃいけないよあれは。あと、お金貸したな。返ってきたこともあるし、返ってこなかったこともある。どれだけ、どれだけ君のことを思ってきたか。

君に内緒で、君を心配する君のお母さんと連絡をとって、大丈夫ですよ、僕がいますから、となだめてたら、なんと君のお母さんから身の上相談されて、そのあとメロンを送ってもらったこともあった。内緒にしてたけどそろそろ時効か。メロン、美味しかったです。君の実家から普通に僕んちに2人分の食料届いてた時代もあったな。朝採れ野菜とつけ麺セットとか。お節介なのは重々承知で、たまに出すぎたことをしちゃってそれはごめんやけど、どんなときも、僕は、君を守ってきた。それは君にも伝わってるはず。よな?

実は、最近わかったことがある。僕が君をこんなに思ってきた理由は、君が大事だ、というだけじゃなかったんだ。

僕が君を励ましたことで君が生きのびられた夜がある、その事実に僕が、かなりのあいだ生かしてもらえていた。そうなんだ。

君を励ますことができる僕は、生きていていいんだと思えた。
みんなにとって大事な君が生きていることに、僕が寄与できている、それだけでよかった。
君を生かすことが、僕が生きることだった。

ただ、佐藤くん、君はもう、けっこう大丈夫なんじゃないか。仕事はさ、これは僕も君もだけど、すっごくいいこともあればあんまりうまくいかないこともあるし、生活もそうで、でも長いスパンで見れば、だんだんよくなってきてるよ。10年単位で振り返って、こんなかんじだから、次の10年は、たぶんだいぶいいよ。僕ら、生きてることをがんばった甲斐があった。僕ももう、大丈夫になってきたっぽい。これからも君は生きて、僕も生きて、それぞれがんばったり、なにか一緒に面白いものをつくったり、うまい飯を食ったりしよう。

佐藤くん。今までありがとう。

佐藤くんは、僕が今まで助けてきたすべての君たちで、
僕の君への愛は、僕自身への愛と同義かもしれなかった。
だから、今生きている僕は、ほとんど、君だ。

これからも、僕は君を、大事にする。

佐藤くん、愛してるよ。


  冬晴れて君宛の手紙はすべて君に  佐藤文香