2023年11月19日日曜日

特集《俳句×「○○」~俳句とコラボ!》(「俳句界」11月号)の各パートから概ね一句ずつ    関悦史

「俳句界」11月号に、《俳句×「○○」~俳句とコラボ!》という特集がある。他ジャンルの芸術作品から俳句を作らせたり、逆に俳句から小説を書かせたりするものである。
 私も句を出した。映画を何かひとつ選んで5句作るのである。なるべく知られている映画でとのことだったので、学生時分以降に見たミニシアター系の映画は全部やめて『犬神家の一族』で作った。
 執筆陣の割り振りなどは知らなかったので、他の人は何をどう句にしたのかと思いつつ、届いた雑誌を見たら、特集の頭の「特別寄稿」に何と角川春樹がいた。角川春樹はいわずと知れた『犬神家の一族』の製作総指揮者である。執筆陣をあらかじめ知っていれば他の映画を選んでいたものを。
 その「特別寄稿」は、《角川春樹が制作した映画を詠む》というものだった。『犬神家の一族』は扱われていなかったので、ネタかぶりは免れたが、映画制作を何本も手がけた人でなければ成り立たない題なので、他の人が何をどう詠んだかの参考にはあまりならない。映画『人間の証明』を詠んだ〈にんげんの生きる証や遠花火〉など重量感のある句が並ぶが、その中でことに印象が強烈なのが映画『時をかける少女』を詠んだ一句であった。

   麦藁帽子の原田知世がまぶしいぜ   角川春樹 

 他の俳人でも同じ句材を扱うことは出来るかもしれないが、映画に合わせて作ったというよりも、自負やロマン性を帯びつつ実人生そのものが癒着している句ゆえの鈍器感があって、この感触は余人の追随を許さない。 
 新作5句と別に、エッセイの中に「盟友」森村誠一の家族葬に呼ばれたときの句、〈軀(み)も魂(たま)も涼しく風の吹く日かな〉があった。これは中七下五が飯田龍太の〈どの子にも涼しく風の吹く日かな〉そのままである。先行句を押しのけておのが領土とするような引用もこの作者ならではか。攝津幸彦の〈三島忌の帽子の中のうどんかな〉の後に〈三島忌の帽子の中の虚空かな〉が発表されたこともあった。角川春樹は先行句と戯れているのではなく、これがこのフレーズの本来あるべき姿だと判断しているのかもしれない。

    【俳句×映画】 

  映画とのコラボでは、坂本宮尾が『ローマの休日』で句を作っている。 

   日覆の奥より楽の鳴り出しぬ   坂本宮尾 

  映画と無関係にさらっと詠まれた写生句としても一定の華やぎがある。そこに『ローマの休日』が付くと恋の気配が生じるので、合わせたときの交響性の点で、デート場面らしい句よりも、こうした背景しか描いていないような句の方が味わいが増すようだ。 

    【俳句×小説】  

  二人掛けベンチ大根畑の中   恩田侑布子 

  川端康成の小説『伊豆の踊子』から詠まれたもの。添えられたエッセイによると、作中の二人を腰掛けさせ、くつろがせてやりたいとの思いから成った句とのことで、物語を基底に想像を膨らませる、二次創作のような作り方。小説との距離が近いので、むしろ『伊豆の踊子』が元という情報は忘れた方がいいのかもしれない。

   秋は夕暮店員が入れ替はる   加藤かな文 

 村田沙耶の小説『コンビニ人間』による句。 
 私が『コンビニ人間』を読んでいないので、どういう距離の取り方がなされたのか、エッセイに書かれている以上のことはわからない。 
 エッセイによると、小説中の「私」は季節についてほとんど語っていないという。季節の話をしない現代小説は少なからずあるはずで、それらは句にするべく、季語を入れただけで違和が生じてしまう。 
 「季節の詩を詠むことで作家の意図に反したかも」(加藤かな文のエッセイ)といいながら、季語のなかの季語ともいうべき「秋の暮」を付け、その情緒の重さを枕草子の文体でを中和する、異なる美学の相克の場のようになっている点、今回の「コラボ」のなかで、はからずも一番クリティカルな関わり方をしてしまった句ということになるだろうか。

    【俳句×絵画】

   父いつも煙草の匂ひ冬日和   武藤紀子

 香月泰男の絵画「青の太陽」による句。→「青の太陽」
 香月泰男はシベリア抑留経験があり、作品「青の太陽」はそれを内面化した「シベリア・シリーズ」のひとつ。一見抽象画のような象徴性の強い画面で、そこにこの句が合わせられると、煙草の匂いをまとった「父」のなかに沈む苛酷な記憶を想像させることになる。 
 絵を俳句で写生するのではなく、絵を兼題として扱うのでもなく、絵と句の間の領域を黙説法的に活用している。

  吾すでに枯れ木と白き鳥の群れ   西村我尼吾 

  北京生まれの画家、劉永明(1943~)の「丹崖玉樹」なる作品が元という(誌面に図版あり)。 
 西村我尼吾は91年、天安門事件のあと改革開放路線を取り始めた中国の深圳を視察している。その年に香港と深圳の美術会社が開いた展覧会に、まだ40代だった劉永明が作品を出していた。西村我尼吾はそれを見て「発展の激動の直前の時代の、静かな闘志のようなものが秘められた作品に圧倒された」。 
 絵から受けた印象と実人生の感慨とが混然としていて、絵画を見て詠んだというよりも画面内のイメージの変容に作者自身がダイビングしている趣がある句になっている。 
 この句だけ読むと「吾すでに枯れ木」が老衰の暗喩のように見えてしまうし、「白き鳥」もまた死者の魂の暗喩に見えるのだが、その両方を股にかけながら「群れ」になっている点に、ただの衰弱とは一線を画した怪しい力の拡散がある。  

  【俳句×音楽】 

   冬北斗幻の船出航す   浦川聡子 

   伝へずに剝がす背中の草虱   黒岩徳将

 浦川聡子の句はドビュッシーの「海」、黒岩徳将の句はドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」からである。 
 この音楽のパートが一番句にしにくかったのではないか。 
 浦川聡子が他の句で用いた「弦楽」「トレモロ」などの用語は句に入れると自己陶酔的な雰囲気先行の修辞に見えてしまいやすいのだ。 
 浦川聡子の5句全てに冬の季語が付けられているのは、大学時代、冬の定演で演奏したという個人的経験に由来するようで、「冬」は曲の外から取り合わせられている。自分の実人生を支点にした大胆な換骨奪胎とは違う、靴底の小石のような違和だけを残す「コラボ」で、「幻の船出航す」のイメージの甘美さをそれが引き締めていると見ることも可能かもしれない。 
 黒岩徳将の句は音楽そのものというよりも、「新世界より」の「主に日本人に馴染み深い第二楽章、第四楽章から俳句を連想してみた」(付属エッセイ)もの。郷愁の世界とはいっても「伝へずに剝がす」の、相手への親しみと慎みの表現が清新。「新世界より」との関係も、どちらかがどちらかのBGMにでもなっているようで、対立や緊張を避けた穏やかなものになっている。「連想」という方法のためである。 

  【俳句×映画】のパートに私が出した『犬神家の一族』による句は概ね、虚構内吟行というべきか、映画の各場面を写生的に言葉に置き換えたものだったが、そうしたザッハリヒな作り方は、特集のなかでは少数派だったようである。