推薦してもらったのは必ずしも詩歌の本ではなく、それがかえって詩歌への導入にもよいのではないかと思うが、せっかくなのでここでは、最近飲んだ酒に合う一冊をおすすめしたい。
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たまに連れて行ってもらう「燗酒嘉肴 壺中」というお燗のお店で、今日は二軒目に行くのであと少しにします、と言ったら、出してもらったのが「生酛のどぶ」の上澄みだった。にごり酒なので普通は攪拌してから出す酒なのだが、お燗番の理絵さんはあえて混ぜずに、濁っていない部分をくださったのだ。この場合はもちろん常温である。
水みたい、で美味しい。でも、ふつうの清酒の「水みたい」とは違って、イオンウォーターに近い。酒と体の水分とが求め合うような味だ。天国ではこれが水にあたるのだよ、と言われたら、信じてしまいそうだ。「どぶ」という名前とはいえ、いかに素性のいい酒かがわかる。
そこで思い出したのが、今回フェアでお酒に合う一冊をおすすめしてくれている一人でもある笹川諒の、歌集『水の聖歌隊』(書肆侃侃房)。タイトルにすでに「水の」とあるとおり、澄んだ流れのかんじられる歌が多い。
あなたがせかい、せかいって言う冬の端 二円切手の雪うさぎ貼る
水を撒くきみを見ながら知ることが減ることだとは思わずにおく
たとえば夜が生徒のように慎ましく麦茶を飲んでいる いや僕が
一首目、何もない白い冬の、切手の縁に囲われたうさぎの白さ。二首目、水は弧を描いて落ち地を濡らし、濡れて色の変わった側の地面は、きみの知ってしまった部分と呼応する。三首目、僕は夜であることもあり、慎ましい生徒だったこともあっただろう。適当にめくったページから引いたが、たまたまどの歌も内容的に水分を含んでいる。
一冊を通して、作者が現実を離れたがっているさまは、静かに溺れ、もがいているようにも見え、そんな彼のまわりもまた水で溢れている。彼は夢と書けばそこに夢の世界が現れることを知り、自らの書くものに救われてきたはずだ。表現上も中性的で澄んだ現代語の文体を志し、「笹川諒」という清しい名前の歌人らしさを実現し得たのが『水の聖歌隊』だと思う。
「生酛のどぶ」の上澄みだけを出してくれる店はあまりないだろうが(壺中ではソーダ割で出しているので、少々上澄みが減っても大丈夫らしい)、一升瓶で買うことがあれば(ないか?)ぜひ試してみてほしい。それが無理でも、「生酛のどぶ」は濁り酒だが爽やか、コクはあるのに甘くないいい酒だから、機会があればどうぞ。短歌読者としては、いつか笹川の濁りの側をも読む機会に恵まれるといいなと思う。
リンク
・選書フェア 「のんべえ大学 詩歌学部」
・ 「生酛のどぶ」
・歌集 『水の聖歌隊』