2021年12月15日水曜日

パイクのけむりⅪⅡ~花とめし~   高山れおな

最近読んだ句集その一。林桂『百花控帖』。版元は現代俳句協会。(例によって長い)あとがきによれば、林は幼い時から花が好きで、〈俳句の表現技術が円熟する六十代になったら、花の句で百句を書きたいと思っていた〉という。その願いを形にした本句集は、大きなフォントで一頁一句組にしてある。句の天地は揃えず、行長は成り行きである(ベタ組ではなくやや詰打ちにしている?)。 

一頁一句組は、当方もいつかやってみたい憧れの形式。フォントの大きさは三十二級だろうか。文字が大きいのは結構なのだが、句が頁に対して上に寄りすぎなのは、いかにも窮屈で感心しない。なにしろ、天からのアキが十五ミリしかない。字数が一番多い句は、二十七頁に載る、

どんぐりころころうたふ手洗ひ遊蝶花(いうてふくわ) 

 で十七字。この句の地からのアキは二十ミリで、つまり天からのアキ十五ミリというのは、この句の地からのアキとのバランスで決められたのだろう。しかし、贅沢に余白を取るという一頁一句組の本旨からして、このゆきかたは矛盾している。フォントの級数を下げるか、それをしたくなければ、判型を大きくして、句の上下に適正なアキを確保すべきだったのである。

もう一つ、ついでにケチをつけておくと総ルビもどうかと思う。林桂の総ルビ趣味は要するに、高柳重信の『山海集』『日本海軍』に由来しているわけだが、あちらはあちらこちらはこちらだろうに、下らない末梢的な忠義立てという他はない。以上も以下も、句の引用に際してのルビの再現は選択的にやらせていただく。それは横書きのブログという技術的な制約のせいではあるが、そもそも総ルビ趣味に感心していないからでもある。

朝顔や少年ばかり憂きはなし
花終はり続けて木槿明かりかな
二の腕に風の来てゐる稲の花
空の彼方に海あるひかり曼珠沙華
南蛮煙管を誰にも言へぬ日暮かな

句の配列は、秋から冬、春、夏と続く。あとがきには、〈秋の季語に花野があるように、日本の花の季節は本来秋だから〉との説明がある。その先頭の秋から好きな句を抜いてみた。童心の世界を一種の典型美において捉えるというのは、別にこの句集に限らない林桂の既定路線のように思うが、それに最も忠実なのは「憂きはなし」の一句目と「誰にも言へぬ」の五句目。両者の間では、いわば童心の謎を感じさせる後者の方が一段勝っているだろうか。

花と花の差異をどのように一句の差異に落とし込んでいるのか、そこを味わい分けるのも、この句集を読む楽しみに違いない。三句目と四句目など、下五に花の名前が来る同じ句形だから文構造としてはすぐに花を入れ替えられるし、入れ替えてもなり立つように一瞬は思えるものの、やはりそうはいかないことがわかる。二句目の「花終はり続けて」は少し判断が揺れる表現で、木槿の花が数日にわたって散り続けているさまとも読めなくはないが、むしろさまざまな花が咲き続け、終わり続けて、今は木槿の季節だとした方が良いように思う。「槿花一日の栄」ということわざがあるように、木槿は儚さを連想させる花ということになっている。他の花々の終わりと「木槿明かり」を対比させた方が、木槿が持つ儚さのニュアンスがより迫ってくるものになり、句に心の深さが生まれる。

菜の花に身体(からだ)明るくして戻る
いまだ幼き朝の青空桃の花
園児一列触つて通る雪柳
紫雲英田へ前方回転しにゆかむ
薔薇を愛す力石徹のごとく痩せ
泰山木の蔭に翳りて仰ぎゐる
十一人ゐて夏萩に風止まず
藤房空木(ふぢふさうつぎ)ダム放水の霧に濡る
向日葵の迷路の中を呼びあへり

引き続き童心という要素に着目すれば、四句目の「前方回転」や九句目の「呼びあへり」などは最も素直な童年回顧の句になっている。他方、「蔭に翳りて」とか「ダム放水の霧に濡る」といったあたりは、林が自らの六十代に期待した表現技術の円熟を感じさせる措辞にちがいない。マンガもまた少年時代を思わせるモティーフとして登場してきていて、力石徹は最もわかりやすいが、萩尾望都の名前と作品名をさりげなく隠した七句目はいっそう洒落ている。

最近読んだ句集その二。佐藤智子『ぜんぶ残して湖へ』。版元は左右社。帯に佐藤文香による、〈現代を生きる主体と現代語の文体が抱き合うダイナミズムを感じるにふさわしい、二〇二〇年代を象徴する一冊が出現したことを寿ぎたい〉との熱烈な賛辞がある。投げ込みの栞も佐藤文香なのだが、これは後回しにする。昔はそうでもなかったけれど、近年は栞とか解説を先に読むことはなくなった。

早春のコーンポタージュ真善美
ブリトーと雲雀の季節切手買う
海苔炙るすべての窓が開いていて
たまごやきとコーンスープや雛祭
食パンを焼かずに食べる花曇

読みながら、ずいぶん飲み食いの句が多い句集だなと思った。巻頭からの十二句のうちに、すでにこれだけある。だいたい、四季別に構成された各章のタイトルからして、春季が「1 食パン」で、夏季が「2 微発泡」と、半分は食べ物・飲み物がらみだ。読み終えてから改めて飲食にかかわる句数を数えてみた。 

1 食パン 春季三十七句のうち十三句 
2 微発砲 夏季四十七句のうち二十九句 
3 搬入・搬出 秋季四十一句のうち二十三句 
4 橋 冬季五十一句のうち十八句 

ひところ(今もか?)、ある種の俳人の句集を読むと必ずと言っていいほど初諸子がどうしたという句が出てきて、俳人というのはなんと初諸子が好きなんだと思ったものだ。それに比べると佐藤智子の句に出てくる飲食物はより尋常な、佐藤くらいの年恰好の女性がふつうに日常生活で食べるものなのだろう(ブリトーとか、知らない食品名もいくらかは出てくるが)。そのふつうさは、初諸子俳人の気取りよりは好ましいものの、この作者はこんなに飲み食いのことばかり気にして生きておるのかねという漠たる疑問が湧いてくるのはとどめ難い。なにしろ、 

まだパジャマ紫陽花が野菜みたいで

である。朝から、食べ物でないものまで食べ物に見えてしまうのである。掲句の巧妙さ、ユニークさとは別に、なんなんだこれはと思ったことです。このへんで、佐藤文香の栞文を読んでみた。 

栞文には八句が引用されており、やはり飲食物がらみの句は多い。狭く取れば四句、広く取れば六句が該当するだろう。たいへん行き届いた文章で、少し余計なことまで書きすぎのきらいはあるものの、とにかく言いたいことがあって書いている行文ならではの爽快さと力強さはまぎれもない。方向性としては、すでに帯文(栞文の一節の引用である)で見たように、佐藤智子の作品世界に百パーセント共感し、全肯定していると言っていい。当方は、特に否定的なわけではないのだが、共感の要素はほぼ欠落している。人間的な共感抜きで、しかし特に否定的でもなく読むということは、つまり俳句的な教養の部分で読むということだ。それが佐藤智子句集と当方の関係性の偽らざる実情のようだ。ただ、これは佐藤智子句集に限らず、ほとんどの句集に共感なんかしてないな自分は、とも言えるわけで、しかし、こんなことを改めて思わせられるのも、佐藤文香の文章が佐藤智子に対する熱い共感でどくどくと脈打っているせいにちがいない。栞文から、 

いい葱はコンソメで煮るまだ泣くよ

という句についての評の部分を引いておく。 

神野紗希に〈カニ缶で蕪炊いて帰りを待つよ〉があるが、料理をつくってあげる相手のいる「帰りを待つよ」に対して、佐藤智子の「まだ泣くよ」は自分一人の台所である。つらいことがあったから、いつもよりお高い「いい葱」(下仁田葱か。太そうだ)を買ってきて、その旨さを引き出すにはコンソメでシンプルに煮るに限るっしょ、と思いながらしかし、泣き続けてしまう。 

とにかく一句の読みとしては間然するところがない。で、句そのものは、俳句的教養で読めば充分に佳句だし、一方、「いい葱」とか切り出された時点で(つまり「まだ泣くよ」よりはるか手前の地点ですでに)、この猛悪な私が共感するのは無理、ありえないという感じがする。ちなみに、引かれている神野紗希の句も佳句であり、しかし共感しろと言われても無理なのは同じだ。もう一句、 

有楽町メロンソフトを食べている

についての栞文の記述も引いておこう。

「有楽町で逢いましょう」というフレーズも聞いたことくらいはある、という世代の我々は、ここで男と待ち合わせる必要など感じない。女性一人で映画に行き、女性一人で地方物産館の珍フレーバーソフトクリームを食べることも日常のうち。そのお一人様でことたりる感は、棒立ちの文体に現れている。 

栞文の別の箇所に、〈今の時代における、ひとりぼっちの大人が、ここにいる〉という一節もあって、佐藤の佐藤に対する共感の根はつまりはこのあたりにありそうだ。そう理解しておいて、なんでこんなに飲み食いのことばかりなのよと、やはりそれが頭を離れない。今の時代における、ひとりぼっちの大人が、俳句形式のうちで現代を生きる主体を立ち上げようとすると、食べることと飲むことの具体性が決定的な手掛かりになるのである――と間に合わせの回答を用意することもできなくはないにせよ、貧しさの印象は否めない。否めないが、同時に、佐藤文香が佐藤智子に見ている可能性はこの貧しさ自体にあるのだろうし、貧しさゆえの切実さが感じられないと言ったら、それはそれで嘘になってしまいそうだ。 

春立つや新年ふるき米五升   芭蕉
侘びてすめ月侘斎が奈良茶歌
花にうき世我が酒白く飯黒し
朝顔に我は飯くふ男かな
氷苦く偃鼠が喉をうるほせり

たとえば芭蕉などもずいぶん飲食の句が多い人である。それもモティーフとなるのは、初諸子的なスノビズムとは全く異なる日常食であって、この米五升とか朝顔を見ながら食うあまり美味しそうでもないご飯とか、その存在感は焼かずに食べる佐藤の食パンとわりとよく似ているんじゃないか。とにかく芭蕉が、俳諧の発句に私性を導入する際に一つの手がかりになったのは、平凡に食べ、平凡に飲むことであった。

最後にいちばん好きだった句をあげる。 

もしももしも伊勢海老を壊して啜る

栞文では、〈新蕎麦や全部全部嘘じゃないよ南無〉という句が絶賛されており、この中七から下五へ言葉がホップしていく感じや、情緒不安定な幸福感(というのも変な言い方ながら)も面白い。ただ、蕎麦好きではない(そこか?)当方には「新蕎麦や」がやや物足りず、伊勢海老の句に一票を入れたい。「新蕎麦や」は佐藤智子に固有の表現ではもちろんなく、俳人一般のずぼらな(便利なとも言います)レトリックを利用しているにすぎないのに対し、「壊して啜る」は意外性があり、客観的で冴えた描写だろう。「全部全部嘘じゃないよ南無」の情緒の表出は謎と切迫感があって魅力的ながら、「もしももしも」は同様の情緒の揺れをより単純な表現で言いおおせている。こんなところが一票の理由である。

最近読んだ句集その三。細谷喨々『父の夜食』。版元は朔出版。良いと思った句。

減らず口かくあれと思ふ七五三
今年竹鳴る子どもらが遊ぶかに
繫盛を願はぬ職も酉の市
空蟬がすずなりメタセコイアの木
かまきりや接触不良のごと止まる

「繁盛を願はぬ職」というのは、作者が小児科医で、しかも難病の子どもたちの医療に携わる人だからだろう(定年で引退したみたいだが)。七五三の句や、今年竹の句の背景にも、そういう人ならではの思いがあるはずだ。書名には「夜食」とあるが、飲み食いの句は特に多くはない。多かったのは、初学の師である石川桂郎のことを詠んだ句だった。