2021年4月15日木曜日

パイクのけむりⅣ ~アンソロジー比べ~      高山れおな

もう1年くらい前だが、初心の人たちに向けて話をする集まりで、俳句が早くうまくなるにはどうしたらいいですかという虫のいい質問が出た。ある先生がとにかく名句を覚えることですと答える。こんどは、名句を学ぶにはどういう本を見るのがいいのでしょうという質問が出る。別の先生が(というのは私ですが)、そうですね、山本健吉の『現代俳句』あたりでしょうかと答える。あれは難しいのよねと聴衆の中から(その人は初心者ではなかった)声があがる。たしかに難しいし、今となってはびっくりするほど女性蔑視的でもありますね、名著ですけど、と答えてむにゃむにゃとなった。 

平井照敏編の『現代の俳句』(講談社学術文庫 1993年)なども頭にはあったが、これは絶版なので、今も生きているはずの健吉本をとっさに挙げたのであるが、俳句の適当なアンソロジーというのは案外ないものである。もちろん冒頭の虫のいいおじさんは、『極めつけの名句1000』(角川学芸出版編 角川ソフィア文庫 2012年)や『くりかえし読みたい名俳句一〇〇〇』(今井義和編 彩図社 2019年)から読めばよいと思うが、私がここでイメージしているのはもう少し大規模で、明治以降、現存の中堅どころの作者までを作家別で網羅したようなタイプのものだ。 

とやこうや思っていたら、最近たまたま図書館で『現代俳句の鑑賞事典』(東京堂出版 2010年)という本を見つけて、なかなか手ごろな感じなので古本を手に入れた。これは収録159人で各30句なので計4770句を収録している。山頭火(明治15/1882生)、放哉(明治18/1885生)、風生(同)らが一番古いところで、小川軽舟(昭和36/1961生)、黛まどか(昭和37/1962生)、仙田洋子(同)、中岡毅雄(昭和38/1963)が下限になる。非常に特徴的なのは、宇多喜代子と黒田杏子が監修で、以下、12人の編集委員が全員女性なのである。監修者と編集委員は作者としても収録されているから、そのぶん女性の層が厚くなる道理で、実際、収録俳人の36パーセントが女性というのは、近代俳句の第二世代からカヴァーしていることを考えると女性率高めであろう。ちなみに健吉本は女性率10パーセント、平井本は19パーセントだ。 

『現代俳句の鑑賞事典』は、書店に新刊本で並んでいる頃になんども見かけたものの、その時には興味を引かれず買わなかった。「鑑賞事典」という名前が、なんとなく気に沿わなかったのだが、これは偏見というものだったかも知れません。ところで手許に他に川名大編の『現代俳句』(ちくま学芸文庫 2001年)がある。平井本が1993年刊で107人収録、川名本が2001年刊で126人収録、鑑賞事典が2010年刊で159人収録ということで、だいたい10年間隔で刊行された比較的近い規模のアンソロジーなので、収録作家がどう変化しているか調べてみた。全員はやっている時間がないので、明治生まれ限定です。 

 高浜虚子★ 1874   平井 川名 
 臼田亜郎 1879    平井 
 内田慕情 1881       川名 
 種田山頭火 1882   平井 川名 鑑賞 
 前田普羅 1884    平井 
 尾崎放哉 1885    平井 川名 鑑賞 
 富安風生★ 1885   平井 川名 鑑賞 
 飯田蛇笏 1885    平井 
 阿部みどり女 1886  平井    鑑賞 
 原石鼎 1886     平井 
 竹下しづの女 1887  平井 川名 鑑賞 
 長谷川かな女 1887        鑑賞 
 久保田万太郎 1889  平井 川名 鑑賞 
 杉田久女 1890    平井 川名 鑑賞 
 山口青邨 1892    平井 川名 鑑賞 
 水原秋櫻子★ 1892  平井 川名 鑑賞 
 芥川龍之介 1892      川名 
 高野素十 1893    平井 川名 鑑賞 
 栗林一石路 1894      川名 
 後藤夜半 1895    平井 
 長谷川双魚 1897   平井 
 篠田悌二郎 1899   平井 
 三橋鷹女★ 1899   平井 川名 鑑賞 
 橋本多佳子★ 1899  平井 川名 鑑賞 
 阿波野青畝★ 1899  平井 川名 鑑賞 
 及川貞 1899     平井    鑑賞 
 右城暮石 1899          鑑賞 
 横山白虹 1899       川名 鑑賞 
 永田耕衣★ 1900   平井 川名 鑑賞 
 川端茅舎★ 1900   平井 川名 鑑賞 
 中村汀女★ 1900   平井 川名 鑑賞 
 西東三鬼★ 1900   平井 川名 鑑賞 
 中村草田男★ 1901  平井 川名 鑑賞 
 山口誓子★ 1901   平井 川名 鑑賞 
 秋元不死男★ 1901  平井 川名 鑑賞 
 日野草城 1901    平井 川名 鑑賞 
 高篤三 1901        川名 
 皆吉爽雨 1902    平井 
 富澤赤黄男★ 1902  平井 川名 鑑賞 
 橋閒石 1903     平井 川名 鑑賞 
 芝不器男 1903    平井 川名 鑑賞 
 橋本夢道 1903    平井 川名 
 星野立子★ 1903   平井 川名 鑑賞 
 大野林火★ 1904   平井 川名 鑑賞 
 井上白文地 1904      川名 
 加藤楸邨★ 1905   平井 川名 鑑賞 
 平畑静塔★ 1905   平井 川名 鑑賞 
 篠原鳳作 1905    平井 川名 鑑賞 
 石塚友二 1906    平井 
 松本たかし★ 1906  平井 川名 鑑賞 
 山口波津女 1906   平井 
 細谷源二 1906       川名 鑑賞 
 鈴木真砂女 1906         鑑賞 
 細見綾子 1907    平井 川名 
 橋本鶏二 1907    平井 
 中川宋淵 1907    平井 
 安住敦 1907     平井 川名 鑑賞 
 相馬遷子 1908    平井 
 京極杞陽 1908       川名 鑑賞 
 中島斌雄 1908          鑑賞 
 藤後左右 1908       川名
 石川桂郎 1909    平井    鑑賞 
 加藤知世子 1909   平井 
 石橋秀野 1909          鑑賞 
 田畑美穂女 1909         鑑賞 
 石橋辰之助 1909      川名 
 喜多青子 1909       川名 
 下村槐太 1910    平井 川名 
 高屋窓秋 1910    平井 川名 鑑賞 
 仁智栄坊 1910       川名 
 能村登四郎 1911   平井 川名 鑑賞 
 清水径子 1911       川名 鑑賞 
 三谷昭 1911        川名 
 神生彩史 1911       川名 

名前の後ろに★印を付けたのは朝日文庫の『現代俳句の世界』の作者でもある人で、この三著には高濱年尾が見当たらず、高濱虚子が鑑賞事典に入っていないのを除けば、他のメンバーは全員皆勤しており、やはり強い。ただし、彼らと同じかそれ以上の猛者であるところの正岡子規が全く登場せず(そもそも明治生まれではなく慶応3年生まれではありますが)、虚子の他、蛇笏や石鼎、普羅、水巴といったところが振るわないのは、ひとつには他で読める(端的に言えば健吉本で手厚く待遇されている)という編者の判断もあっただろう。また、川名本・鑑賞事典については、何時代の生まれかはともかく、活躍期が昭和期以降の人を主として、新味を出したいとも考えたに違いない。この作者は20年の間にだんだん忘れられちゃったんだなとか、この作者が入っているのは編集委員にこの人がいるからだなとか、単なる名前のリストではありますがなかなか味わい深い。 

ここで、こういうアンソロジーがあればいいなという妄想を書き付けておくなら・・・ 

◆範囲は明治期に活躍した人から現在の30代くらいの作者まで(近世はまた別に考える)。 
◆作者数は300~400人くらいで作者単位で収録。 
◆総句数は1万句くらい。
◆山本健吉や川名大がやっているような鑑賞は不要。作者の略歴の他は、句に特殊な背景があったり、難解な語彙の使用、引用がある場合のみごく簡単な註を付す。
◆選者は7~8人の共同選。現存作者の場合も、まず選者側から句を示して作者と調整。
◆各作者の収録句数はマックス50句(100句?)程度からミニマム数句程度まで幅を持たせる。 

手放してしまったので今は内容を確認できないが、独選のアンソロジーでは齋藤愼爾編の「二十世紀名句手帖」全8巻(河出書房新社 2004年)という大著があったにはあった。しかし、私は独選というのはやはり限界があると思いますよ。塚本邦雄の『百句燦燦』のように個性的な選者の独断と偏見を楽しむ本ならさておき、総合的なものを志向する場合は特に。勅撰和歌集だって、古今集と新古今集がとびぬけてすぐれているのは共同選のおかげであるところも大きいにちがいない。「二十世紀名句手帖」は労作だったのにさして読まれずに消えてしまった気がするのは、分類が独特すぎたのをはじめ、全体としていろんな意味で齋藤愼爾的でありすぎたためだろう。マーゴリスという哲学者が価値判断について、「個人的センス」と「支配的センス」に分類してあれこれ言っているそうだが、アンソロジー作りには両者が必要だろうし、共同選の方がそれらを客観化しつつ活発に働かせることができるはずなのだ。まあ、考えるだにたいへんですけどね。 

 追記 
と、いったん書き終えてから、そういえば近年話題になったといえば『新興俳句アンソロジー 何が新しかったのか』(現代俳句協会青年部編 ふらんす堂 2018年)ではないかと思い出した。これは44人の作者の各100選を収めているので句数は計4400句。作家論・テーマ論など総勢56人で書いているが、各作者の100句選はそれぞれの作家論の執筆者がやっているので、選句という点では共同選には当たらないようだ。 

我が妄想のアンソロジーに近いのはこれではなくて、やはり現代俳句協会の編集になる『昭和俳句作品年表』(発売=東京堂)の方で、「戦前・戦中篇」が2014年、「戦後篇 昭和21年~45年」が2017年に出ている。各年次毎に、作者名のあいうえお順に作品が並べられていて、たとえば昭和11年(1936)なら85人の名が見える。「戦前・戦中篇」であれば、山口誓子のような人は当然ほぼ毎年登場してかつ複数句を取られる一方、全体を通じて1句しか採られていない人もたくさんいる。

 あまり青き田芹が故につみとりぬ 臼田登代子 昭和8年(1933) 
 梅雨の灯やつゝましく解く質包 鈴木頑石 昭和10年(1935) 
 蟬の木を少年揺りて木の青き 中田青馬 昭和14年(1939) 
 莢豌豆はじく夕雲みづみづし 安井さつき 昭和18年(1943) 
 壕を出て赫つと陽のある蕨かな 秋山牧車 昭和20年(1945) 

編集委員は「戦前・戦中篇」が宇多喜代子以下6人、「戦後篇」が同じく宇多以下8人(交代があったので延べ人数)で、宮坂静生の序文によれば句の採択は編集委員の合議により、〈ほぼ全員がよしとしなければ採択されなかったと聞いている〉とのこと。なるほど、上に引いた一句組の人たちの句を見れば厳選ぶりもわかる。作者は両篇併せて1000人を超えているようだ。若い人たちが編集した『新興俳句アンソロジー』が耐えがたく小さい字で組まれていたのに対して、こちらは目にやさしいのも有り難い。年表を志向しているのだから必要なことなのだろうが、何千の収録句のほとんどを初出誌にあたって制作年を確定させているというのだからびっくりだ。積ん読になっていたが、これを機に読まんとぞ思う。