2021年3月20日土曜日

パイクのけむりⅢ ~画期的金子兜太論の出現~    高山れおな

 前回の本欄の原稿は、二月一四日に歌人の川野里子さんと対談したその夜に書いたのだったが、今日三月一六日、帰宅すると対談が載った「現代短歌」五月号が届いていた。二十頁の対談が取材から一ヶ月で誌面に載るのは、ヴィジュアル誌の編集をやっている者としては信じ難いハイペースながら、文字中心の雑誌の場合は普通でしょうかね。それにしても、ゲラの回転はかなりきつかったし、編集長も疲労困憊の様子でした(私も生業が忙しいタイミングだったこともあり、初校を戻したあとめまいに襲われました)。

同号の特集は「震災10年」で、まず冒頭に和合亮一「三月十六日、静かな夜に。」、長谷川櫂「当事者性とは何か」の二篇が置かれ、ついで川野さんと私の対談「短詩型にとって東日本大震災とは何だったか」(俳句五十句選・短歌五十首選付き)があり、そのあと二十八人の歌人が「記憶に残る歌集/残すべき歌集 2011.3~」を各人三冊あげるエッセイがならぶ。テーマがテーマということもあり、最初から最後まであくまでテンション高く、重い。和合・長谷川両氏の文章も、二十八歌人のエッセイも読みごたえあり。対談だけは例外的に時おり(笑)などという文字も目につくとはいえ、川野さんがツイッターで「何回か目の前に火花が見えた気がした議論でした」と言っているような部分もある。どう読まれるかはさておき、私自身はこの対談の経験からも、また特集全体からも、多くの宿題をもらった気がしている。

対談の中盤、私は井本農一の俳句イロニー説について口走っている。これはそもそも私が(特に第一、第二句集の頃は)イロニーを梃にして俳句を作ってきた人間だからではあるものの、単にイロニーを云々するのではなく、大昔に読んだだけの井本農一の名前までがとっさに出てきたのは、実は対談をした前後の時期に井口時男氏の『金子兜太 俳句を生きた表現者』(藤原書店 二〇二一年一月三〇日刊)を繙読しつつあったためだ。同書に収められた論考は、雑誌「TOTA 兜太」に連載されていた時から面白く読んでいたが、かなり加筆もされているらしく、本になったのを見ると面目一新、というか、これはじつに画期的な金子兜太論ではないかと思った。金子兜太については安西篤の大著(『金子兜太』 海程新社 二〇〇一年)もあるし、これまでさまざまな人が論じている。ではあるけれど、没後最初に執筆刊行された本格的論考として、まさに「蓋棺事定」の口火を切るのが井口のこの本になったことは、兜太その人にとっても、またわれわれ読者にとっても幸運だったと言うべきだろう。

では、どの辺が画期的なのか。まず、没後に書かれたことにより、兜太のキャリアの全容を押さえた上で、初期から最晩年までの仕事の意義付けがなされていること。これは、いかに大部の本であっても前掲の安西著には無理な注文だ。ただ、それだけなら、今後書かれる兜太論はすべて同じ条件を具備することになるわけだが、それらの多くにはたぶん望めないだろう要素が本書にはある。簡単に言えば、兜太が同時代の文学史・文化史一般の中に適切に位置づけられていることだ。「俳句を生きた表現者」というサブタイトルは、文言としてはどうということもないようでいて、この間の事情を端的に表すものになっていよう。金子兜太という抜群の表現者がいて、彼が生きたジャンルがたまたま俳句だった。その逆ではない。そんな本書のなりたちが伝わってくるからだ。 ある作者を同時代の文学史・文化史の中に位置づける評論が俳句の世界に乏しいのは(近年では青木亮人氏がひとり頑張っているが)、俳人の力量不足、とりわけ俳句以外の文学・文化に関する知識不足・教養不足が原因だろう。これは自分自身を顧みて日ごろ痛感するところだ。その点、井口氏はこれまで、俳句以外の同時代文学(要するに主には小説・批評)を論じてきた人である。『物語論/破局論』(1987)、『悪文の初志』(1993)、『柳田国男と近代文学』(1996)、『批評の誕生/批評の死』(2001)、『危機と闘争――大江健三郎と中上健次』(2004)、『暴力的な現在』(2006)、『少年殺人者考』(2011)、『永山則夫の罪と罰』(2017)、『蓮田善明 戦争と文学』(2019)、『大洪水の後で――現代文学三十年』(2019)……と、著書のタイトルを列挙するだけでも方向性はおわかりいただけるはずだ。

もっとも、いくら小説や批評に詳しかろうと、肝心の俳句についての理解が胡乱なものだったら何にもならない。幸いにして、その点でもこの著者は信用できる。俳句以外の文学・文化について広範な知識を持った俳句についての書き手として、もちろん過去には山本健吉がいた。しかし、山本は乱暴にくくれば人間探求派の同行者であって、ついに金子兜太の意義を認めることができなかった。俳句をめぐる知識の量を云々するなら、井口は芭蕉の全発句の注釈までものしている山本の足もとにも及ぶまいが、同時代の俳句を批評的に論じる上で、そのことは大した問題ではないだろう。俳句についての常識を基盤に、必要に応じて論拠を提示する労を惜しみさえしなければよいのだから。

『金子兜太 俳句を生きた表現者』は全六章立てで、イントロダクションを別にすると大まかに三部構成――前衛前史(社会性俳句まで)/前衛兜太/還相兜太――になっている。このうち「還相(げんそう)」とは吉本隆明経由の親鸞の用語である。井口は、『最後の親鸞』(1981)の吉本が、親鸞における往相/還相の問題を知識人の「最後の課題」としての非知への着地の問題に読み換えて論じる部分を引きながら、それが『種田山頭火 漂泊の俳人』(1974)の終幕で兜太が山頭火に見たところとほとんど重なるような認識であることを確認する。それを指摘するだけなら俳人の誰彼にもあるいは可能かもしれない。また、そこに七〇年代に広範に見られた転向の問題(日常性への、明るさへの、消費社会への)を結びつけることも、それ自体としては著者を待つまでもないだろう。しかし、その転向を指すのに、還相という吉本/親鸞用語をあえて召喚したところにはやはり、著者ならではの深い用意があった。この言葉を使うことで井口は、過大視とも矮小化とも無縁な冷静さと温かさを保ちながら、兜太の大衆回帰の意味を、俳諧時代以来の全俳句史的な文脈に乗せることに成功しているのである。

だからこれ以後、金子兜太は他の誰でもない金子兜太として、「頂きを極め、そのまま寂かに〈非知〉に向って着地する」という「最後の課題」に取り組むことになる。 

井口が描きだした「最後の課題」に取り組む兜太は、芭蕉・蕪村・一茶から新興俳句、プロレタリア俳句、楸邨、稔典までに照らし合わされつつ、さながら“最後の俳人”の相貌さえ帯びるものの、だからといってそこにはいかなるネガティヴな、あるいはパセティックなニュアンスも生じていない。それは兜太のキャラクターのゆえでもあろうが、加えて著者が〈もとより「俳壇」とはまるで無縁の身〉だからだろうか。区々たる俳壇事情から(そのオプティミズムやらペシミズムやら、から)遠い、「俳句を生きた表現者」をめぐるどこまでも活き活きとした叙述に、私個人は鼓舞される一方だった。

井本農一の俳句イロニー説にたどりつくまでに前置きが長くなってしまったが、イロニーについての言及があるのは、第四章の「前衛兜太(二)」においてである。この章は、造型論をはじめとする兜太の理論と実践をその頂点において論じつつ、副題に「イロニーから遠く離れて」とある通り、兜太の特性を彼があくまでイロニーを拒む作者であったという側面から捉えようとしている。前提として、文学におけるイロニー、俳句におけるイロニーを噛んで含めるように解説してくれているのも当方のような文盲にはありがたいところで、井本農一の名前は俳句の発生史をイロニーの観点からたどりなおす部分で出てくる。イロニーと俳句のかかわりをめぐる考察のうちに出てくる、「虚」の主体、「実」の主体という概念も面白いし、説得力がある。中でも、これらの概念を使うことで、兜太造型論における重要ファクターでありながら、私がこれまでその意義をなかなか了解できずにいた「創る自分」の問題が鮮やかに解析されているのには瞠目した。

兜太において、「創る自分」は芸術派の「虚」の主体を代替する機能をもつ。「実」の主体である社会派が芸術派の方法論を十全に摂取するためには、生活主体と別位相に「創る自分」の設定がどうしても必要だったのである。

とはいえ、兜太が芸術性だけに傾くことはない。「創る自分」が対象と自己とをいったん分離するのも、両者を再結合させたメタファーを獲得して作品を構成するためであって、その機能を完遂すれば消滅するのである。つまり、兜太にあって、「創る自分」は実体ではなく、あくまで句作に際しての暫定的で仮設的な機能概念なのであり、それは芸術派の「虚」の主体のように独自の存在位相を持続的に確保した創作主体ではないのだ。

「虚」ならざる兜太の主体は、あくまで現実的諸関係の中にある。現に兜太は、「『創る自分』の自惚れを解消するためにも、リアリスティックな態度が要求される」(「俳句の造型について」)と述べている。「『創る自分』の自惚れ」とは、ドイツ・ロマン派的な「虚」の作者の絶対自由(主観的自由)のことだと思ってもよいし、現実によって規制されない美学的前衛の陥りがちな独りよがりの放縦さのことだと思ってもよい。ここで兜太は、高柳重信的な「虚」の前衛と別れることになる。

ちなみに、「虚」の主体は高柳重信たち美学的前衛派の占有ではない。それどころか、中世隠者文学の系譜に憧れ、〈世俗世界(社会性)から身を引いた脱俗者の文学〉を志向した芭蕉以下、俳諧時代の表現主体はすなわち「虚」の主体であると井口は言う。また、〈「虚」の人と名乗った高浜虚子〉の客観写生や花鳥諷詠の理念は、〈俳句の「隠者性」を近代的にアレンジ〉したものであり、〈俳句と俳人を社会や政治といった危険な領域から隔離〉した。〈俳句作者も実人生においては苛烈な実社会を生きているのだが、虚子の保護下にいる限り、俳句の表現主体としては「虚」であり得る〉のであり、〈「ホトトギス」の圧倒的な成功は、社会心理的にはこの一点が大きかったはず〉なのである。

高柳重信が阿波野青畝の俳句を大好きだったのも、前衛派と花鳥諷詠派の看板だけを見るとなにやら落ち着かない光景だけれど、「虚」の主体が「虚」の主体を愛でていたのだと思えば難なく腑に落ちる。また、大地震が起これば俳句は震災を詠むのに向いてないとか、パンデミックが起これば俳句でコロナを詠むべきでないとか、先走って言いまわる人が出現しがちなのも、「虚」の主体のふるまいと考えると了解しやすい。そうした場合、「虚」の主体は、俳句のジャンル意識における一種の抗体として機能していることになるだろう。かく言う私自身、なぜ自分の俳句にはこうも「私(わたくし)性」が欠乏しているのだろうと常々考えていたが、これも「虚」の主体のひとつの現われ方だと思うとさしあたり納得がゆく。要するに、俳句の表現主体としては「虚」の主体の方が通時的にも共時的にもより一般的であり(ただし、表現自体は花鳥諷詠から美学的前衛までそれなりに幅がある)、兜太のような「実」の主体の方が例外的なのだ。ちなみに、その例外的な「実」の主体である兜太と草田男の差異をもたらすものこそ、イロニー的屈折の有無だというのが井口の見通しである。

「還相兜太」では兜太という人間の魅力の所以が縦横に語られている観があったが、本書の白眉はやはりこの「前衛兜太(二)」の章だろう。それは兜太の作品そのものへの理解において資するところが大きいばかりでなく、兜太個人を離れた俳句本質論としても、“俳句の近代”をめぐる状況論としても秀抜なものになっていることは、上にわずかに見ただけでも察していただけると思う。私は俳句史的遠近法が失われたかのような現在に戸惑いを感じ、過去半世紀来の俳句の歴史化の必要を痛感しているが、本書は一作家論であることをはるかに超えて一種、羅針盤的な意義を有するものではないかとの予感を持った。俳論書としては十年来(二十年来? 三十年来?)の収穫ならん。読むべし。