2020年12月16日水曜日

十二月・第二日曜・午前(晴) 家事を担当する者の日記   佐藤文香

 好きなカフェで買ってきたカンパーニュにとろけるチーズを載せて軽く焼き、トマトとレタス、生ハムをはさみ、余った野菜はサラダとする。シュトーレンを3枚切り、豆を挽きコーヒーを淹れて、休日らしい朝ご飯となる。 
 天気がよい。来週からまた一段寒くなるというので、洗濯機を回し、窓を明けて空気を入れ替え、布団を干すことにする。布団を干すのはだいたい休日。まず私が布切れでベランダの手すりを拭き、夫に寝室から布団を出してもらい、私がベランダで受け取って干す段取りで、今日もそうした。珪藻土の足拭板もベランダに出す。朝食の洗い物をし、テーブルを拭く。食器洗い洗剤を詰め替える。 人参とモロッコインゲンを切る。1kg分の鶏胸肉も常温に出しておく。鍋に塩と茅の舎の出汁パックを入れ、人参を入れて茹で始める。 

 顔を洗い、顔面にフェイスマスクを貼る。顔面用の美容ジェルを詰め替える。浴室のドアにバスマジックリンを噴射して置いておく。洗面所のラックを動かして、その下を掃除。 
 人参が茹で上がったのでモロッコインゲンを入れる。その間にキッチンラックを整頓し始める。開けかけのふえるわかめが2袋と乾燥海藻サラダがあったり、最近買ったコーン茶のパックと以前買ったとうもろこし茶のパックが両方あったりする。モロッコインゲンが茹で上がり、3枚の鶏胸肉をその湯に入れた。ラックにはこの夏が賞味期限だった豆乳鍋の素もあった。今夜は鍋の予定だったから、これを入れてみよう。 鶏の湯が沸騰したので火を止め、32分でタイマーをかける。バイト先で習った、簡易的な低温調理である。洗濯が終わった音。

 うちでは洗い上がった洗濯物を洗面所ですべてハンガーにかけ、それを何度かに分けてベランダに持って行って干すことになっている。ベランダでの滞在時間を減らせば、日焼けが防げるのでよい。休日は「このあたりに洗濯干しの達人がいると聞いたのですが」などと呼べば夫が来て、私がハンガーにかけた洗濯物を夫がベランダに持っていって干す。靴下や下着などを干す洗濯バサミの集合体は最後に私がベランダへ持って行き、洗濯物を干し終わる。
 洗面所へ戻って、マジックリンを噴射して置いてあった浴室のドアをシャワーで流していく。こすらないでもいけるかと思ったけれど、やはり少しはこする必要があって、シャワーの水が洗面所側に流れてしまったりもし、しょうがないのでズボンの裾を折って風呂場に入り、そうしたら風呂場の汚れもけっこうなものなので、いっそここも掃除してしまおうとマジックリンを散布。見て見ぬふりをしていた排水溝の汚れがすごい。

 この家では夫は掃除を担当しないから、私が耐えられなくなった場合にのみ掃除がなされる。夫は散らかすことはなく、掃除が行き届いていなくてもほとんど気にしないし、掃除をしろと言わない。自分さえ部屋の状態を許せればよいという意味で、かなりラクな制度である。我々の共通点は、ゴミはゴミ箱に捨てる、食事はリビングでのみ行うというところで、それさえ守っていれば、表面上はひどいことにはならない。一方、いつもは見ない水回りなど、私が私に甘い部分には永遠に汚れが溜まり続ける。
 大掃除を年末にやらなければならないいわれはないが、時期の区切りにでもかこつけないといつも以上の掃除はしないわけだから行事化するのは悪くない方法だ。夫には、29日に部屋の大掃除をするよう言い渡してある。2LDKのこの家で、夫の部屋については、私は見える床以外掃除をしないので、長い休みにはお掃除Dayを設けていただくのである。29日、私はバイト先の大掃除を手伝いに行くことになっているので、夫の部屋以外の掃除は計画的に”中掃除”を重ねて年末を迎える予定である。掃除からは少し逸れるが、本当はやらなければいけないこととしてカーテンの洗濯があって、これは夏からやろうと思っていてやれていないが、残念ながらこのまま冬を越してしまいそうだ。 

 夫にベランダから足拭を持ってきてもらい、タオルで洗面所の濡れた部分を拭いてもらったら、タイマーが鳴ったよ、と教えてくれた。鶏が茹で上がったのだ。先週は、私が聞いていないときに夫が勝手にタイマーを止めていたので、次は止めるとき言ってね、と言っておいたから、夫はちゃんとそうした。一度言えばたいがいそれ以降できるようになるので、怒ることはほとんどない。
 昨日は、帰宅するときは毎回郵便受を確認して、と言った。私がバイトへ行き、夫が昼ご飯を食べに出て帰って、そのあと私が帰宅した際に不在連絡票が入っていたからだ。当日の再配達がかなったので問題はないが、こういう場合は先に帰ってきた方が再配達の連絡をすれば、当日はやく受け取れる可能性が高い。きっと次回からは、こういうときに夫も郵便受を確認するだろう。生活をともにする者同士、生活の知恵はすべて共有するのが望ましい。 

 浴槽の掃除はまたの機会にし、台所に戻る。3枚の鶏胸肉を鍋から取り出して、大きなタッパーに入れる。枚、と数えるにはかなり分厚いので、火が通っているか不安になり、一番分厚いものの真ん中をキッチンバサミで切ってみたが、赤みは消えていたので安心した。さきほどの人参とモロッコインゲンは冷めたので冷蔵庫にしまう。野菜と鶏を茹でた汁は鍋でそのまま冷ましておく。夫は宝塚歌劇団のサイトで雪組の先着チケットを取ろうとしていたが、アクセス過多でサイト自体に入れず無念に終わったようだ。 
 ふたたび洗面所へ。床の黒ずみも気になっていたので、トイレマジックリンを噴射し、全体に広げて少し置く。ついでにトイレにトイレマジックリンを噴射して普通にトイレ掃除をし、効果があるのかよくわからない洗剤ジェルのトイレスタンプを便器に押す。顔面に貼り付けてあったフェイスマスクが乾いてきたので剝がし、剝がしたフェイスマスクで洗面所のドアのスライド部分に溜まった埃をぬぐう。 

 うちでは汚くなったタオルや着なくなった服を切って布切れとし、雑巾代わりにさっと使ってわりとすぐ捨てるのだが、布切れのストックがちょうどなくなっていたため、さきほどベランダの手すりを拭いてゴミ箱に捨てたものを取り出してよく洗い、それを使って洗面所の床を拭いた。細かな凹凸がある白地の床で、水をこぼしたところに汚れがついて黒ずむことが繰り返され、かんたんにぬぐっただけでは取れないので、水滴のかたちの黒ずみをひとつずつ布切れでこすってきれいにしていく。ヨガでやっているプランクやダウンドッグのような姿勢でやる。自分は綺麗好きという人種ではないが、もともと運動が好きなので、掃除は嫌いではない。
 どうにかだいたい汚れがとれたので、クリーニングを出しに行って帰宅した夫に綺麗になったでしょ?と言って見せる。夫は、元の姿に戻ったか、と言う。

 台所に戻り、米をとぎ、炊飯ボタンを押す。平日朝はパンと目玉焼き、サラダや果物などを夫に出し、自分はパンは抜いてコーヒーを飲む、夫は昼は職場の食堂で定食を食べ、夜は遅くなることが多いので、夕方おにぎりを食べて、帰宅してからは豆腐、納豆、サラダ、おかずを食べる、私は家にいるときはフルーツグラノーラか納豆ご飯を昼食とし、夕方から何かつくりながら酒を飲んでいるか、アルバイトに出てまかないを食べ、惣菜を買って帰宅する。そのため、我々は平日あまり家で米を食べないから、土日のどちらかの昼は米を炊いて食べることにしている。
 と、ここまでのことが済んで、ここにだいたい書いたところで、米が炊けた。このあいだから、生活と心境を写生し続ければ私小説となりうるのではないか、と考えているのだがどうだろうか。台所での作業と洗面所・浴室での作業の入れ子構造は、小説的であったりしないだろうか。いや、小説的であるかどうかは小説であるかどうかと関係ない。題材さえあれば、自分は散文が書ける気がしている。

 さきほど茹でた野菜、茹でた鶏胸肉、そこに目玉焼きを焼いて、サニーレタスを盛り付け、シーザーサラダドレッシングと粉チーズ、ブラックペッパーをかけよう。茹で汁を保存ボトルへ、そこに入りきらない分を小鍋へ移し、鶏がらスープの素を少し足し、わかめと豆腐を入れたスープをつくり、ご飯にはわさびふりかけをかけて、昼食としよう。