2019年5月1日水曜日

「関さんの森」を抜けて  関悦史

松戸に「関さんの森」なるところがあって、たまたま私と名前が同じだからというだけの理由で、佐藤文香さんと行ってきた。地主の名前が残ったものらしい。トオイダイスケさん、ごしゅもりさんも同行。平日に時間が自由になりやすいメンバーである。

新松戸駅を出ると、新興住宅地なのに大きく共同菜園の畑が割り込み、起伏の多い細い坂道が網状にかかっていて迷走を誘う。車も自転車も使いにくそうで、私などすぐ買い物難民化しそうである。
例によってサトアヤのスマホを見ながらの道案内についていくだけの行程だったが、これをやっているといくら歩いても道順は一向に覚えない。今回のコースなど二度とたどれる気がしない。

車道を渡ると「関さんの森」の門が見えた。
閉まっていた。
私のためだけの門なのに入れないとなると、まるっきりカフカの「掟の門」ではないか(ちなみに私は恋愛小説のひとつの極致として思い浮かべるのがこの「掟の門」である。主人公の男と門番のBLということではない)。

門の前で生涯をつぶすわけにもいかないから横手から森にぞろぞろ入り込み、ビニールシートを広げてピクニックとなった。いつ以来であろうか、この種の地べたに皆で座るような行楽。

アスレチックが設置されていて、トオイさんが律儀に一渡りした。

上空に木の枝が張り出し、カラスが鳴きわたり、下に座ってものを食べていると身体が小さくなった気がする。
子供の頃の家は大きく、天井が高く、薄暗く、謎に満ちた空間だったが、こちらの身心が育ってしまえばどうということもない。いっぺん子供の身体のサイズに戻って日本家屋を探索してみたいと思うが、それに似た感覚は森で得られた。

この後、ゆきあたりばったりによく知らない電車に乗って古墳をめざしたが、台地の上はまだ何も建っていない造成地がしらじらと広がっているばかりだった。
吟行と言っていた気はするが句会はなしで、明るいうちから一杯呑んで夕方解散。


三百六十五連休の身とはいえ、こういう一日はわざわざ設けないとなかなかない。何かしたのか何もしなかったのかよくわからない、明るいなかを皆で浮遊しただけの一日。